一之七
壊れた壁の
嵐の中、
その顔は青白く、よくよく見ると肌の色はまるで
舟から顔を上げ二、三度程小さな
「……ああ……。なるほど。
と、
「え?」
与次郎が思わず聞き返した。
「……いったい、どういうことでございますかな?」
蒼頡が、娘に向かって問うた。
「……ええ。そのう……。
声が聞こえてまいりましたの。初めは、川の底の小さい泡のような微細な声でございました。それが、いつしか次第に大きくなって、常にわたくしの頭の中に聞こえてくるようになったのです。
その声が、『こちらへおいでくだされ』と、何度も呼んでいらっしゃったものですから……。
その……わたくしたちのことを」
娘が
まるで、大蛇のような不気味な動きであった。
与次郎は無意識に、その舟を激しく警戒した。
無機物のものがまるで生き物のような動きをみせる。────それは決して、信用できるものでは無い存在であると、与次郎は本能的に感じ取っていた。
娘は、自身が身を預けている丸木舟を愛おしそうに見つめながら、不気味な動きをみせる舟に
「そうね。
あのう……。お連れする前にひとつ、お頼みしたいことがございますの」
丸木舟から顔を上げ、蒼頡と与次郎に向かって、娘が言った。
「────お連れする、とは……、いったい
支離滅裂な娘の話をいまいち理解しきれないまま、与次郎が言葉を返した。
「この舟に乗れば、わかりますわ」
その言葉を聞いた瞬間、蒼頡は一瞬瞳をきらりと輝かせ、娘の顔をじ、と見つめた。
蒼頡を見つめ返してくる娘の瞳の奥は井戸の底のように
「その、頼みというのは」
蒼頡が娘に問いかけた。
長い
「金の
と言った。
「金の餅……?」
与次郎が小さく呟いた。
「────ああ。あるぞ」
背中から突如、声がした。
与次郎と蒼頡が思わず後ろをぐるりと振り返ると、そこに、陸吾が立っていた。
「金の餅ってえのは、これのことだろう」
そう言って、陸吾は
陸吾が、手に持っているその和紙の包み紙をぺらりぺらりと器用に開けると、和紙の中に、きな粉をまぶした餅が三つ、入っていた。
その餅を見た瞬間、仄暗かった娘の瞳に、ほんの少しの光が、きらりと宿った。
「きな粉を安倍川で取れる砂金に見立てて、つきたての餅にまぶして食うんだと。
そんでそいつが食ってたのをかっぱらっ……いや、もらってきて持っておいたんだ。腹が減ったら食おうと思ってな。
安倍川餅ってんだろう」
陸吾がそう言った瞬間、
「ええ、そうでございます! それです。それを
と、娘が声を高くして叫んだ。
「だってよ。どうする、蒼頡。
俺としては、今すぐにでもこの別嬪さんにこの餅を全てくれてやりてえところだが……」
陸吾がそう聞くと、蒼頡は娘と丸木舟の方に向き直り、今一度、この二人のことを凝視した。
「……金の餅を捧げる代わりに、いったい我々を何処へ連れて行ってくださるのか────どうか、教えていただけませぬか」
蒼頡が、再度娘に問うた。
蒼頡の目をしばらく見つめた後、丸木舟にちらりと目をやり、陸吾が手に持つ金な粉餅にちらりと目配せをしてから、やがて娘はゆっくりと、口を開いた。
「……
その言葉を聞いた瞬間、蒼頡の瞳が、みるみる輝きを増し始めた。
「なっ……なにっ!? 中山国だって!?」
突如、階段下から幽鴳の一際大きなどら声が
「ええ。左様でございます。
その国に、ある一人の仙人様が住んでいらっしゃいます。
その御方なら、
何もかも承知であるといったように、娘は蒼頡達に向かって、はっきりと、そう言ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます