一之六
「むかしむかし、
ところがある日、その娘のもとに、
毎夜
父親はたいへんに
舟が流されたと同時に、川の周囲に突如強風が巻き起こり、山は震え、激しい雨が降り始めた。
娘が流されていく姿を見た母親が
娘の乗った丸木舟は舟山の辺りにまでみるみる流されてゆき、島に近づいたとみるや、そのまま川の中に沈んでしまった。
母親の乗ったたらいも、娘の乗った丸木舟に追いつけず、一つ手前の
以来、娘の沈んだ島を「
「こがらし」の由来は、母親が娘に焦がれたことに由来してつけられたという。
────かような伝説が、地元民の間で今なお、語り継がれているのでござりやす……」
話を聞き終わると、蒼頡は「ふむ……」と声を漏らし、じっくりと考え込んむような素振りを見せた。そうして今一度、
「こがれしのもり……」
与次郎が、無意識にぼそりと一言、そう
すると、今まで晴れ渡っていた物見窓の外の様子が突如薄暗くなり、天がみるみるぶ厚い雲に覆われ始めた。
程なくして、黒雲に覆われた天上から、ざあざあと激しい雨粒が、地上に向かって勢いよく降り始めた。
突如降り出した大雨によって窓の外の風景はあっという間に不穏な豪雨の渦に飲みこまれ、それまで物見窓から見えていたはずの川の様子が、よく見えなくなった。
「……む」
蒼頡が、降り
やがて、窓の外をじっと眺めている蒼頡の目が、きらりと輝いた。
「……与次郎。────見よ」
窓の外へ向けている己の視線を外さないまま、蒼頡が与次郎に向かって言った。
与次郎はすぐさま、蒼頡と同じように物見窓の外を眺めた。しかし、窓の外はざあざあと激しく降り注ぐ豪雨によって視界が遮られ、与次郎の目には雨以外、特に何も見えることはなかった。
────と、何も見えぬと感じた与次郎が一瞬気を抜いた、その時であった。
与次郎は、異変に気付いた。
豪雨の中、遠くに一ヶ所だけ、ぽっかりと不自然に、黒雲の渦に穴が空いている情景が目に止まった。辺り一面、天上はぶ厚い暗雲に深く覆われているにも関わらず、なぜかその一部分だけは、厚い雲の穴の隙間から、雲の上に隠されていた陽光が雨の代わりに地上に穏やかに降り注いでいるのが目に見えた。
「あの光……。
蒼頡が言った。
雨によって、与次郎の瞳にはぼんやりとしか見えてはいなかったが、陽の光は蒼頡が言うように、
────その時である。
ごう、と鳴り響く凄まじい風の音が、
風音はごうごうと激しくなり、みるみるその音は大きくなっていく。
直後、豪雨を切り裂いてこちらに一直線に向かってくる巨大な何かの姿が、与次郎の目に止まった。
「────下がれ!」
蒼頡が叫んだ、その時。
“────どおおおおううううんんっ”
凄まじい爆裂音と共に、蒼頡と与次郎、見張り番のいた
あまりの衝撃に、大の男三人の体はふわりと浮き上がり、見張り番の男は受け身を取ることができず、そのまま階段からごろごろと転がり落ちてしまった。
煙の中、
与次郎は思わず、息を
それは、巨大な蛇のように見えた。
長い胴体をしゅるしゅると、流れるように左右に波打たせながら、
動きはまさに蛇そのものであった。……しかし、それは蛇では無かった。
まるで
与次郎が目を丸くして蛇のような丸木舟を
蒼頡の背中を見つめながら、同時に与次郎はまたしても、はっと息を
丸木舟の上に、何かが乗っている。
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