一之五

 朝餐ちょうさんを済ませた蒼頡、狡、陸吾、幽鴳、与次郎の五人は、 昨晩肉人にくじんしめしていた、城のひつじさる(南西)の方角に建っているやぐらへと向かった。

 その名の通り城から見てひつじさる一隅いちぐうに建っているひつじさるやぐらは、高く積み上げられた石垣を土台とし外側に堀があり、堀側には敵の侵入を防ぐための石落としが設けられていた。屋根は二重になっており、内部は三階構造となっている。平時は見張り台として、または武器庫として使用されており、中には刀や槍、弓矢が大量に並べられ常備されているのが見て取れた。


 やぐらに着くと、与次郎が蒼頡に向かって、

「なるほど……。このやぐら内に、華胥かしょの地へ行く何かしらの手がかりがもしや、隠されているのかもしれませんね」

と言った。

 昨晩、この城の中庭に現れた肉人が指し示した方角に建っているこのやぐらの中に、華胥の地へ到達する何かしらの糸口があるに違いないと、蒼頡は考えたのだろう。与次郎はそう思った。

 

「ふむ……」

 やぐらをじっと見つめていた蒼頡が、少し考え込みながら声を漏らした。


「なに? 華胥かしょの地へ行く手がかりが、このやぐらの中にあるってえのかあ?

 うーん。なあんか見た感じ……別に、なあんも、無さそうですぜえ……」

 やぐらを上から下までじろじろとめつけた後、欠伸あくびを噛み殺しながら、幽鴳が気怠けだるそうに言った。

 幽鴳の隣に立っていた陸吾も、やぐらを不審そうに眺めながら口を開いた。


「確かに、幽鴳の言う通りだ。華胥の地へ行く手がかりが、このやぐらのどこかに隠されているなんざ、正直全く思えねえ。

 だが、夢の中の蒼頡がこの城に俺たちを呼んだ。そして、その城に数年ぶりに現れた肉塊のあやかしが、坤櫓ここを示した。

 どっちみち俺たちはこの導きを信じて模索するしか、他に手立ては無えってこった。

 取り敢えずまあ、この中をちょいと手分けして探ってみてもいいんじゃねえか」

 

 陸吾のこの言葉によって、五人はすぐさまやぐらの内部へと歩を進めた。

 見張り番に事情を伝えると、蒼頡達五人は華胥の地へ行く糸口を見つけ出すため、やぐらの中を隅々まで、手分けして見て回ったのである。


 しかし幽鴳が言った通り、特段異常なものは、やぐらの中には何も無かった。

 何も成果の無いまま、時刻は昼四つ(午前10時頃)を回った。幽鴳がき始め、狡が不機嫌さを露わにし始めた頃合であった。


 三階にいた蒼頡が何かに気づき、ふと、やぐら物見窓ものみまどから外の様子を眺めた。


 蒼頡のすぐ横で床板の隙間を覗き込んでいた与次郎が、蒼頡の動きが止まったことに気づき、顔を上げた。

 見ると、蒼頡は窓の外の景色にじっと目を向けたまま、釘付けとなっていた。

 蒼頡の隣に立っていた城の見張り番が蒼頡の見つめているものに気づき、少しだけ表情をゆるませてから、口を開いた。


天下普請てんかぶしんでございやす」


 与次郎が立ち上がり、蒼頡と見張り番の二人と同じように、窓の外を眺めた。

 物見窓の外を覗き見ると、遠くに大きな川が見えた。


安倍川あべかわです」

 見張り番が、続けて言った。


「江戸殿の命によって今、大掛かりな治水ちすい作業が行われておるんですよ。

 この城が建てられるのと同じくして、城下の町も人が住みやすいよう、みるみるうちに開拓されて整っていっておるんです。川付近では新田も次々と作られておるんですが、昔からこの辺りは雨が多く、雨や嵐がくるたびに安倍川はしょっちゅう氾濫して洪水が起きるんで、みな困っておりやした。

 川につつみを作って洪水を防ぎ、新田や町を守って、より住み良い町に今、駿府は変わりつつあるんでござりやす」


 見張り番の言葉を聞きながら、与次郎は今一度川付近を眺めた。


 すると、


「向こうから、安倍川と合流するもうひとつの川が流れておりますね」


と、蒼頡が言った。


 与次郎と見張り番が、確かめるように窓からまじまじと川を見つめ直した。しかし与次郎は、蒼頡の言う合流してくるという川がいったいどこから安倍川まで流れてきているのか、この物見窓からでは正直よく見えなかった。


「へえ。旦那は目が良いですね。

 もうひとつの川というのは、藁科川わらしながわでございやす」


 見張り番が答えた。


安倍川あべかわの西に流れている藁科川わらしながわを安倍川と合流させて、そのまま海に流すんでございやす。そうすることで、町へ流れ出る洪水を防ぐだけでなく、これによって広い平坦な土地を確保できたんでございやす」


 見張り番がそう説明すると、

「ふむ……なるほど。安倍川あべかわ藁科川わらしながわでございますね。

 それでその、ふたつの川同士がぶつかるその合流地点に、何か島が見えますね」

と、蒼頡が目をきらりと光らせながら言った。

 見張り番が、驚いた様子で蒼頡を見た。与次郎は目を凝らしつつ物見窓から川をじろじろと眺めていたが、川の合流地点と思われる付近は、与次郎の目にはやはり、ぼんやりとした情景しか見えなかった。


「へえ。ここから見えるなんざ、あんたよっぽど目が良いや。

 二つの川の合流地点には舟山ふなやまと呼ばれる川中島かわなかじまがありやして、頂上に神社がまつられておりやす。安倍川の増水時には渡れねえんで、渇水かっすいの時期にしか参拝さんぱいなんてできねえんですが。

 ちなみに、藁科川の中洲にも“木枯森こがらしのもり”と呼ばれる川中島がありやして、この島の頂上にも神社が祀られておりやす。ここも、川を渡らねえと参拝なんてできやせん。

 実は、この“舟山ふなやま”と“木枯森こがらしのもり”の二つの地には、地元民の間で、ある伝説が語り継がれているのでござりやす」


 見張り番はそう言うと、蒼頡と与次郎に向かって、その伝説というのを、生き生きと語り始めたのである。


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