第75話 父(ホレーショ)に馬鹿息子(ジェフリー)、更にその弟(デイヴィッド)

「いーや」

 ホレーショは杖を拾い直しながら、首を振る。

ジェフリー馬鹿息子ではないが、あのアダムという男、いかにも若い。ここは物申す」


「え、あ、ホレーショ父上。あ、行っちゃった」

 デイヴィッドが止める暇も与えず、ホレーショは年に似合わぬ健脚ですたすたと歩いていってしまった。


 そして、エリザとアダムの立つ壇の前まで行くと声を張り上げた。

「アダム男爵令息っ!」


「はい」


「お見かけしたところ、アダムあなたは随分とお若いようだ。王配殿下になられるとのことだが、それは重責。責務に耐えうる器量はお持ちなのかな?」


「失礼。あなたは?」

 声をかけたのは司会を務めるウォーレンである。


「これは失礼した。我が名はホレーショ・ヴィーア。国を憂えるただの年寄りじゃよ」


「おおっ、あなたが『エリザ女王陛下の海の守護神』と言われた。お目にかかれて光栄です。しかし、お言葉ではありますが……」


「何かね?」


「こちらにおわすアダム様は、ウォーレンの女王陛下の近習を共に務めてきて、親友でもあります。その人となりはよく存じ上げております。また、先年、イース王国わが国の第一艦隊が魔族デーモンに乗っ取られるという危機を海を泳いで、アトリ諸島に伝えるなどの大功を立ててもいます。王配殿下の責も務まるかと」


「ふん」

 ホレーショは鼻を鳴らす。

ウォーレンあなたは『親友』だから、アダム様のことをよく知っていて、信用できると言うが、逆に『親友』の言うことだから信用できないとも言える」


 ウォーレンは言葉につまる。ホレーショは百戦錬磨でもある。しかし、ここで海軍大臣クレア公爵が前に出る。

「お久しぶりですな。ホレーショ・ヴィーア様。まだまだウォーレン愚息ではホレーショあなた様の相手は務まらないようだ。クレアがお相手致しましょう」


「これはクレア公爵。ホレーショが海軍にいた頃はお世話になった。しかし、クレアあなたはウォーレン君の実父であるということならば、やはり身内びいきのそしりは免れないのでは?」


「ふふふ。このクレア。身内びいきと言われることは事前に予測しておりました。そのため他の海軍軍人をたくさん連れてきました。おい、みんな入れっ!」


 ぞろぞろと入室してくる海軍軍人たち。中にはホレーショが見たことがある顔も何人も。


「ホレーショ先輩、お久しぶりです」

「久しぶりにご尊顔を拝見しました」

「『女王陛下の海の守護神』のオーラはご健在ですね」


「うっ、うむ」

 相次いで声をかけられ、さすがに圧倒されるホレーショ。


「アダム男爵令息はイース王国わが国海軍の恩人です」

「海軍大臣も言われましたが、第一艦隊が魔族デーモンに乗っ取られた時、海を泳いで危機をアトリ諸島に伝え、収拾に多大な功績を残されました」

「先日のアトリ諸島攻防戦でも第一艦隊を指揮し、ホラン王国海軍を撃破する功を立てております」

「海軍ばかりでなく、イース王国この国を救った救世主です」

「功績は軍務だけではありませんぞ。イースタンプトン港の繁栄を見られたか。あれはアダム様と『アトリ・デ・マリ商会』の親密な関係あってのことですぞ」


「わっ、わわわ、アダム様が凄いことは分かった」


「ふふふ。さすがのホレーショ様も分かってきてくれたようですな。では、最後にこちらの方にご登場いただきましょう」

 クレア公爵の呼びかけに今度はぞろぞろと侍女たちが入室する。その先頭にいたのは……


 ◇◇◇


「マッ、マリア殿っ!」

 ホレーショは思わず声を上げる。たくさんいる侍女たちの先頭にいたのは侍女頭のマリアである。


「ふふふ。本当にお久しぶりですねえ。ホレーショ様。エリザ様のおむつを一緒に換えたのが昨日のようですが」


「そうですな」


「あの時、ホレーショ様は『うちにも乳児のジェフリー息子がいるがおむつなど換えたことはない。だが、エリザ様は可愛らしい。泣いてらっしゃるのはおむつが濡れているからのようだ。換え方を教えてほしい』と」


「何とも懐かしい」


「そこまでホレーショ様が愛されたエリザ様。その方が最も心を許されている方。それがアダム男爵令息なのですよ」


「そうなのですか?」


「そうですとも。マリアども侍女は何度も見ております。エリザ様がもっともリラックスされた笑顔をお見せになるのはアダム男爵令息と共におられる時なのです」


「うむ」

 ホレーショは大きく頷くと壇上のエリザとアダムに一礼した。そして、振り返ると出席者たちに声をかけた。

「では皆様ご唱和願いたい。エリザ女王陛下に栄光あれ。アダム王配殿下に栄光あれ」


「へ?」

「えーと?」

「何が始まったんですか?」


 ホレーショの豹変ぶりに周囲の者たちはついていけない。しかし、ホレーショはめげない。


「エリザ女王陛下に栄光あれ。アダム王配殿下に栄光あれ」


「エッ、エリザ女王陛下に栄光あれ。アダム王配殿下に栄光あれ」


「まだまだ声が小さいっ! もっと大きな声でっ! エリザ女王陛下に栄光あれ。アダム王配殿下に栄光あれ」


「エリザ女王陛下に栄光あれ。アダム王配殿下に栄光あれ」


「いいですぞっ! 更に大きな声でっ!」


「エリザ女王陛下に栄光あれっ! アダム王配殿下に栄光あれっ!」


「よーしっ! ラストッ! 偉大なるイース王国に栄光あれ」


「偉大なるイース王国に栄光あれっ!」


 オオーッ


 大歓声が沸き起こり、拍手の嵐は鳴り止まない。


 唱和に参加しつつデイヴィッドは思った。

(これだ。この切り替えの早さがホレーショ父上の凄さなんだよな。頑固なところはジェフリー兄上そっくりなんだけど、切り替えは早い。現役の海軍提督の時も優勢の時は敵を完膚なきまで叩きのめしたけれど、劣勢と見るや、凄い逃げ足で一隻の損害も出さないように逃げ去って……って、あれ?)

(やっぱりホレーショ父上ジェフリー兄上は似てるのか)

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