第74話 アダムの意思 そして、エリザの王配は……
イース王国第一艦隊旗艦の一室。イース王国国王エリザはそこに一人籠もっていた。
そこにノックの音。
「何かご用ですか?」
弱々しい声で答えるエリザ。
「お食事お持ちしました」
「ご苦労様。でも、今の
「それはしたくないのです。この食事、
「アダム!?」
エリザは飛び起きた。
「そうです。アダムです。女王陛下。入室許可を願います」
「いえ、アダム」
エリザはちょっと言い淀んだ。しかし、すぐ続けた。
「今の
「自分の意思で入室します」
重い扉はきしむ音をたてて開いた。
◇◇◇
その老貴族は不機嫌だった。
彼はいつも苦虫を噛みつぶしたような顔をしているが、実は普段はそう不機嫌でもない。
その外見故に最愛の二人の孫が彼に寄りつかず、柔和な顔をしている彼の妻に懐いていても、落胆するだけで不機嫌にはなっていなかった。
しかし、今回は違った。
(エリザ女王陛下。今回のこと、このわしホレーショ・ヴィーア、この命と引き換えにしても止めてみせますぞ)。
ホレーショ・ヴィーア。あのジェフリー・ヴィーアの実の父である。侯爵位をジェフリーの弟デイヴィッドに譲り、海軍の役職も全て辞し、本来楽隠居の身であった。
しかし、幼少の頃からその聡明さに目をかけ、体を張って守ってきたエリザ女王陛下。
その彼女が王配となる者を発表するという。
「
「いえ
現在のヴィーア侯爵。ジェフリーの弟デイヴィッドがなだめにかかる。
「そうは言っても、あの聡明な
「いかんいかんいかん。いかんったらいかんっ!」
ホレーショの顔は怒りで真っ赤だ。
「あの
(はあっ、やっぱり
デイヴィッドは内心溜息を吐いた。
「しかし
「いーや」
ホレーショは真っ赤な顔をしたまま首を振る。
「
(はああ~)。
デイヴィッドは再度内心大きな溜息を吐く。
(こうだと決めたら突っ走るところは
◇◇◇
その日、王宮はざわめていた。
相次ぐ戦乱及び求婚した者がまさかの遁走を決め込むといった不運もあって、今日この日まで独身を貫いてきた女王エリザがついに婚約者を発表するというのである。
実兄ジョン王子派の蜂起とホラン王国海軍の侵攻という危機から国を守り抜き、更に豊かにしてくれたエリザに国民の多くは好意的だ。よほど酷い相手でない限り、好きな相手と結婚してほしいと思っている。
しかし貴族たちはそうはいかない。女王に何かあった時、国の舵を取るのは王配の仕事になる。その重責に耐えうる資質を持っているか、それを見極めなければならない。
ホレーショ・ヴィーアにはその思いが強かった。何しろ現役の侯爵であるにもかかわらず、乳児だったエリザのおしめを換えたこととジョン王子派との戦闘時に「エリザの海の守護神」と呼ばれたことは彼の大いなる誇りであった。
「エリザ様と
ホレーショは手持ちの杖を強く握りしめた。婚約者披露の場に武器の持ち込みは禁じられている。そのためその場に
「それでは皆様にご紹介申し上げます」
司会を務めるのは女王エリザの近習であり、海軍大臣クレア公爵の子息であるウォーレンである。
「このたびエリザ女王陛下の婚約者となられたのはギムソン男爵が子息アダム様であります。
カランカランカラン
驚きのあまりホレーショが手放した杖が床を転がる。
「そんな馬鹿な。
呆然とした顔で緊張した面持ちで入室するアダムを見つめる。
「だから言ったじゃないですか。
デイヴィッドは呆れ顔だ。
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