第21話 赤髪の少女はクローブとナツメグに目を輝かす

(うっ、うーむ)

 ジェフリーは内心冷や汗をかく。

(いや、これはこれで悪くない気もするんだが、いやっ、いやいや)


 ジェフリーはアミリアの方を向き直ると言う。

「すまんが、明日、『海賊団』の召集をかける」


「はあ」

 アミリアは急な言葉に戸惑いを見せる。

「今、海賊をしなくても十分な備蓄はありますが」


「いやっ」

 ジェフリーは強い口調で言う。

「備蓄はあっても鍛錬は欠かしてはならん。特に最近出航してないしな」


「分かりました。私も同船しますか?」


「いや、アミリアはエルフたちと今後のことを相談していてくれ」


「はあ」


 アミリアは何か腑に落ちない感を受けたし、それは正しかった。だが、ジェフリーも思惑とおりにはいかなかったのだが。


 ◇◇◇


 その日の頭目の館の前はざわついていた。


 「姿なき海賊団」のモットーは「リスク回避」である。マルク群島での攻防戦を例外として、必要がない時は出撃しない。


 しかし今回は十分に備蓄があるのに出撃する。しかも、あねさんことアミリアも不在。 


 どういうことだ? という気持ちが漂う中、一声咳払いしてジェフリー登場。

「あー、みんな、急な召集に駆けつけてくれて、すまん。今日は大事な話があって集まってもらった」


 ごくり


 緊張感が走る。ジェフリーの顔も真剣だ。そして、口が開かれる。

ジェフリーはこれから久々にサウタの娼館に行く。一緒に来たい奴はついてこい。今回は全部ジェフリーの奢りだ」


 うおおおおおー


 天を衝かんばかりの大歓声


 は起きなかった。


「…… どうしたのおまえら、今までこれ言うと大喜びだったじゃん」


 やがて意を決したかのように一人の団員が前に出た。

「お頭……」


「何だ?」


「以前とは事情が違いやす。ここにいる連中、かなりの奴が今エルフの彼女がいやす」


「な・ん・だ・と」


呆然とするジェフリー。更に後ろの方から声がする。

「おい、ノア。あのこともお頭に言っておいた方がいいんじゃねえのか」


「そうだな」

 一歩前に出た男が頷いてから言う。

「お頭。これからあるところに案内しやす。それを見て、腹をくくってくだせえ」


 ◇◇◇


 ジェフリーがノアに案内されたのは、島のほぼ真ん中にある休憩席だった。


 丸いテーブルの上には軽食と飲み物が載り、その周りの椅子にはアミリアと五人のエルフたちが座り、楽しそうに話している。


「何だ。何かと思えばただの女子昼食会じゃねえか。大げさな」

 ジェフリーの言葉は軽かったが、それを返すノアの言葉が重々しかった。

「ただの女子昼食会じゃありやせん」

 

「そうなのか?」


「順を追って説明しやしょう。今アミリア姐さんの隣に座って、熱く語っているエルフがノアの彼女ンジャメナでやんす」


「ふーん。ノアおまえ、ぽっちゃり系が好きなのね」


「そうそう。一緒に寝ていると、もう肉蒲団に優しく包まれてるかのようで……って、そういう話をしてんじゃねえすよ」


「そうなのか?」


「あのンジャメナは『アミリア様応援団』の団長なんでやす」


「ほう。アミリア、人気者だなあ。そんな組織まであるのか」


「感心している場合じゃねえですよ。『アミリア様応援団』の目的は『態度が煮えきれないお頭に一途な思いを向け続けるあねさんを応援するエルフたちの集まり』なんでやんすよ」


「何? そんな話になっているのかっ?」


「へい。ちなみにあそこにいる五人は全員応援団員です。しかも賛同者はどんどん増えていやす」


「なんでまたそんな?」


「長老が言ってたでしょう。エルフの女の子たちは『恋の話』が大好きなんでやすよ。で、お頭、この状態でお頭がサウタの娼館に行った日には……」


「ゴクリ」


「エルフたちが団体で抗議に来ます」


「そうなの?」


「そうですっ!」


(これはえらいことになった)

 ジェフリーは頭を抱えた。


 ◇◇◇


 アトリ諸島の小さな港に一隻のラ・レアルが入港してきたのはそんな時だった。


 普段はガレオンが停泊している場所だが、今回はそこを空けてある。


 ゆっくりと入港したラ・レアルが碇を下ろすや否や甲板にいた赤髪を短く切った少女は砂浜に飛び降りた。


 と同時に座り込んだ。

「いっ、いつつつ。やっぱり飛び降りるには高すぎたか」


 呆然とする周囲をよそに少女はすぐに立ち上がった。目的のものをすぐ見つけたからだ。

「凄いっ! クローブとナツメグの木がこんなにいっぱい。やっぱり本当だったんだ」

 少女は植樹林に向かって駆け出した。


「あっ、お嬢っ!」

 甲板にいた船員が声を上げる。

「そこで待っていてください。今行きますから」


「放っておけ」

 甲板にいた銀髪に長身の青年がそれを制す。

フラーヴィアあいつはいつもああなんだ。護衛をつけてもフラーヴィアあいつから見て面白そうなものがあれば、振り切ってでも行ってしまう」


「しっ、しかし、ティーノ様。フラーヴィアお嬢に何かあったら、オズヴァルド大旦那様に申し訳がたちませぬ」


「放っておけっ!」

 銀髪に長身の青年ティーノは今度は強い口調で言った。

護衛おまえたちは次期当主たるこのティーノを守っていれば良いのだ。フラーヴィアは放っておけ」


「はっ」

 護衛たちはティーノに頭を下げた。

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