第20話 人間とエルフの間にも恋の花は咲く

 その日ジェフリーは昼過ぎまで寝ていた。


 ここのところ、海賊稼業も順調だった。しばらくは海賊に出なくても食っていけそうな備蓄は出来た。


 それより気がかりなのはアミリアから言われたヴェノヴァの大商人がクローブとナツメグの植樹林を視察に来るから一緒に応対してくれと言われている件だ。


 正直言って気が重い。侯爵令息していた頃に居城に商人が来たのを何度か見たことはある。しかし、応対は全部父がしてくれていた。


 アミリアが言うとおり、出来るだけ危険を避けるようにやっていたとしても海賊稼業が危険なことには変わりがない。


 海賊団員やエルフたちの将来を思えば、クローブとナツメグの実の販売などを軸にして食っていけるようにすべきだろう。


 そのためには商人との付き合いは必須だ。苦手だ面倒だ言ってられる話じゃあない。


 それは分かっているのだが、もう一つ気にしているのはアミリアに「海賊やらなくても食べていけるようになれば、私たち結婚できますね」と言われたことだ。


 いや、別にアミリアのことは嫌いじゃない。むしろこんな俺によくここまでついてきてくれたと思う。


 しかしっ! 何かこう徐々に徐々に外堀を埋められていく感じが怖いと言うか。男の沽券こけんにかかわると言うか。


「あーっ、いかんいかんいかん」

 ジェフリーは寝台から飛び起きた。

(うだうだ考えていても仕方ない。気分転換の釣りも兼ねてクローブとナツメグの植樹林を見てくるとしよう)


 ◇◇◇


 ジェフリーはもちろん植林などの知識はないが、そんな素人目で見ても綺麗に整備されていることが分かる。しかも少しずつだが面積も増えているようだ。


(人影がないのは昼休みを取っているからだろう。それにしても人がいないな。久々に植林に従事しているエルフの話も聞きたかったんだが)


「!」

 奥まったところから声がする。声をかけてみようとしたジェフリーはむんずと背中から引っ張られた。


「おっ、おま、アミリア」

「しっ」

 声を上げようとしたジェフリーをアミリアは制した。

「ジェフリー兄さま。恋人たちの時間を邪魔するのは野暮です」


「へ?」


「奥の二人をよーく見てください」


 アミリアのその言葉にジェフリーが奥をよく見ると、確かに地面に座った一組の男女が楽しそうに話している。男は海賊団員。女はエルフである。


「ん?」

 ジェフリーは気づいた。男が話すのは人間ヒューマン語。女が話すのはエルフ語だ。そして、二人とも「翻訳」の魔法など使えないだろう。

「何で会話出来るんだ?」


「ジェフリー兄さん。それも野暮です。『聞き耳』の魔法で聞いてみてください」


(それはそれで野暮じゃないのか)

 ジェフリーはそうも思ったが、「聞き耳」を使ってみた。


「だ@8,そ+は*」-#よ」

「?ふ/、@か$いの」


「うわっ、人間ヒューマン語とエルフ語を混ぜて普通に会話しているぞ」


「そうでしょう。そうでしょう」

 何故かアミリアはドヤ顔だ。

「恋する力は偉大です。この人と話したいという強い思いが言葉の壁を乗り越えてしまうのです」


(はあ、そうなのか)

 ジェフリーは半ば感心して二人の様子をながめている。


「あれはハリーさんとンヤルゲさんですね。これは初めてのカップルですね。メモメモと」


「え? アミリア。何メモ取ってるの?」


「当然でしょう」

 アミリアはまたもドヤ顔だ。

「私だって『恋の話』は大好きなんです」


「はあ」

 ジェフリーは溜息を吐いた。

「これ以上ここにいてもそれこそ野暮だろ。俺は釣りに行くぞ」


「はあ、釣り? 釣りですか?」

 何やら思案顔のアミリア。


「何か釣りするとまずいのか?」


「まずいと言うか、まあ、行ってみれば分かりますよ」


 ◇◇◇


 答えはすぐ出た。


 この島の釣りの好適地には海賊団員とエルフのカップルが五組も仲睦まじく寄り添って釣りをしている。


「そうか。そういうことか」

 妙に悟った顔のジェフリー。


「そういうことです」

 笑顔のアミリア。


「何かいろいろ萎えちまった。帰って寝るわ」


「あ、私も一緒に帰りますが、ちょっと待ってくださいね。えーとジョージさんにングラさん。これは二回目の確認。その隣はジャックさんにングルさん。おおっ、これは三回目。そのまた隣はチャーリーさんにンガウンさん。おっ、これは初確認」


「その確認まだ時間かかるのか? 俺もう帰るぞ」


「後二組じゃないですか。えーとレオさんにンランカノさん。二回目。ジェイコブさんにンゴロさん。初めてと」


「終わったか? 行くぞ」


「あ、はい。お待たせしました」


◇◇◇ 


「「こんにちはー」」

 また別の海賊団員とエルフのカップルからすれ違いざまに声をかけられる。


「こんにちは。どちらへ? 釣りでしたら残念ながら満席っぽいですよ」

 アミリアの言葉に海賊団員に腕を絡ませていたエルフがはにかんで答える。

「ありがとうございます。でもいいのです。私たちはこうやって二人で歩いているだけで幸せなんです」


 その言葉にアミリアも微笑む。

「そうですか」


 それからしばらく歩いた後、アミリアは不意にジェフリーに言う。

「分かりますね。あの方の言われたこと、アミリアもジェフリー兄さまと二人で歩いているだけで幸せですから」


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