第22話 赤髪少女と森エルフ

 赤髪短髪の少女フラーヴィアはラ・レアルでのやりとりを知ることもなく、もはや気持ちはクローブとナツメグのことでいっぱいだ。


「凄い凄い。綺麗に植樹されていて、丁寧に世話されているのが一目瞭然だよ。これは将来有望だね。あっ」

 フラーヴィアは木の手入れをしている一人のエルフと目が合う。そして、すぐに笑顔になった。

「こんにちは。はじめまして。私の名前はフラーヴィア・デ・マリ。ヴェノヴァの商人オズヴァルド・デ・マリの孫娘です。あなたの名前を教えてくれない?」


 エルフは当惑した様子だがキチンと答える。

「はじめまして。私の名前はンジャメナ。ここでクローブとナツメグを育てる仕事をしている森エルフです」


「わあっ」

 フラーヴィアの目が輝き出す。

「あなた。人間ヒューマン語が話せるのー。良かったー。私、エルフ語はからきしだから」

 唖然として見ているヌジャメナを尻目にフラーヴィアのマシンガントークは止まらない。

「ねえっ、ンジャメナさん。私と友達になってほしいんだ。だってさー、人間ヒューマン語が話せる森エルフの友達って素敵じゃない」


「はっはあ」

 ンジャメナは圧倒されたままだ。


「でね、もしンジャメナさんが良ければだけど、友達になって、クローブとナツメグのこと教えてほしいんだ」


「クローブとナツメグのことで私が知っていることなら教えられます」


「やったー。聞きたいことたっくさんあるんだ。後ね、丁寧語はやめてほしいんだ。私もそうするから」


「はっ、はい。いや、うん」


 ◇◇◇


 あっという間に飛び出していったフラーヴィアとは対照的にティーノは船からの荷下ろし用具に取り付けた椅子に腰掛けたままゆっくりと降りてきた。


 そして、四人の護衛に守られたまま腰かけている。


 ジェフリーとアミリアは顔を見合わせ、アミリアは小声で言った。

「私らの方から挨拶に来いってことみたいですね」


 ジェフリーは頷いた。元侯爵令息だったプライドなど長い海賊暮らしできれいさっぱりなくなってしまったが、アミリアが微笑を浮かべたまま随行してきたことには少し驚いた。

(苦労かけるな。押しも押されぬイース国王の実の妹だってのに)。

 ジェフリーは内心そう思った。


「アトリ諸島にようこそ。遠いところありがとうございます。私が『姿なき海賊団』頭目ジェフリー・ヴィアーです」

「訪問の依頼をお受けいただきありがとうございます。私がアミリア オブ グランヴィルです」


「うむ」

 少し離れたところから深々と頭を下げるジェフリーとアミリアに対し、ティーノは腰掛けたまま頷いた。

「ヴェノヴァ元老院議員オズヴァルド・デ・マリの孫にして、デ・マリ商会の次期当主ティーノ・デ・マリだ。商品であるクローブとナツメグを見てほしいとの話が祖父にあったが、祖父は高齢な上、持病の腰痛が悪化している。なので、今回はティーノが名代を命じられてきた」


「ご多忙のところ恐れ入ります」

 ジェフリーとアミリアは再度頭を下げる。


「全くだ。デ・マリわが商会は既にマルク群島産のクローブとナツメグを仕入れるルートを確立している。こんな海のものとも山のものとも知れぬ商品を仕入れる必要などないのだ」


(なんて言い草だ。それにあの尊大な態度は何だ? ジェフリーは侯爵家を廃嫡された身だからいいが、アミリアはイースの王族だぞ)

 内心怒りをたぎらせるジェフリーを制するようにアミリアが袖を引き、小声で言う。

「お怒りは分かります。でもここは耐えてください」

 ジェフリーは小さく頷く。


「だから、ティーノは今回の調査は無駄でしかないと思っているが、オズヴァルド祖父がどうしても行ってこいと言うので仕方なく来たのだ。間違ってももう取引成立なんて甘えた考えでいるんじゃないぞ」


(甘えているのはどちらかしらね。それにしてもマスターオズヴァルドは商才も人格も一流だったけど、残念ながら後継者はそれを引き継げなかったみたいね)。

 アミリアは内心思ったが、もちろん口にはしなかった。


 ◇◇◇


「綺麗-。取れたての実はこんなに綺麗なんだ。それにいい香り」

 フラーヴィアの声は弾んでいた。それを見ているンジャメナも笑顔だ。


「もうこんなに植樹が進んでるんだ。でも、もっと広げるつもりなんでしょ?」


「もちろん。この島だけじゃなく、他の島にも植えたいし、そうだっ、フラーヴィア」


「何? ンジャメナ」


「フラーヴィアは大商人の孫娘なんでしょう。私、もっと他の香辛料の木や果物のなる木も育ててみたいんだ。アトリ諸島ここは気候温暖でいろんな木が育ちそう。いろんな苗を手に入れてくれると嬉しいし、出来た実を売ってくれるともっと嬉しい」


「ふふふ。ンジャメナは本当に木が好きなんだね」


「私だけじゃないよ。森エルフはみんな木が大好きなんだ」


 フラーヴィアはオズヴァルド祖父の言葉を思い出していた。

(商人にとって信用できる素晴らしい顧客と出会えることは大変嬉しいことだ。だが、信用できる素晴らしい生産者や加工業者に出会えた時の喜びもそれに勝るとも劣らない)


オズヴァルドおじいさま。私は今信用できる素晴らしい生産者に出会えたかもしれません)

 フラーヴィアはヴェノヴァにいる祖父を思った。

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