第18話 エルフたちの二つの歌

 次の瞬間、アミリアの顔も真っ赤になった。そして……

「ぷっ、あははは。妬いちゃいました? ジェフリー兄さま、焼きもち妬いちゃいました?」

という言葉ともに爆笑した。


「アミリア。おまえ……」


「嘘です。ナイト博士は見た目通り実直な方。子煩悩な愛妻家です。アミリアが採ってきたものについて教えてほしいと言ったら丁寧に教えてくれました」


「おいおいナイト博士。大丈夫かよ。最高機密だろ」


「第二王女で実際に採ってきたアミリアだから教えてくれたんですよ。他は海軍大臣が聞いても教えないそうですから。でも良かった」


「何が良かったんだ?」


「ジェフリー兄さまに初めて焼きもちを妬いてもらえました。今まで頑張ってきた甲斐がありました」


「アミリア。おま……あれはなあ」


 ◇◇◇


 その時だった。一人のエルフの歌声が聞こえてきたのは。


 そして、その歌を聴いた他のエルフも歌い出し、大合唱となった。


 ジェフリーにもアミリアにも他の海賊団員にもエルフ語の歌詞は「翻訳」の魔法をかけないと分からない。分かるのは明るく爽やかそうな感じだけだ。


「長老。この歌は何だ?」

 ジェフリーはあらかじめ「翻訳」の魔法をかけてある長老に問うた。


「ああ、これは」

 長老は笑みを浮かべた。

エルフのわが部族に伝わる『恋の歌』だ」


「ほう。きれいな感じの歌だな。でも何で急にこの歌を歌い出したんだ?」


 長老はなおも笑みを絶やさず、ジェフリーの問いに答えた。

人間ヒューマンもそうだと思うが、エルフの女性は『恋の話』が大好きなんだ。ジェフリーとアミリアあなたたち二人があまりに仲がいいので歌いたくなったのだよ」


「!」

 ジェフリーは絶句した。アミリアは喜色満面になった。


 長老の言葉を聞き終わるやいなや、アミリアはエルフたちのもとに駆け寄ると、「翻訳」の魔法をかけた。


 そして、エルフたちに深々と頭を下げると言った。

「みなさんっ、ありがとうございます」


 それを聞いたエルフたちはみな笑顔になり、次の歌を歌い出した。

「♫澄み渡るような青い空 目に優しく広がる緑の木々 それはみんなあなたたちを祝う」


 ジェフリーは緊張した面持ちで長老に問う。

「長老。今度の歌は何だ?」


 長老は微笑んだままだ。

「ああ。祝福の歌だ。エルフのわが部族で婚礼の儀の際、歌われる」


 ◇◇◇


「うわー」

 ジェフリーは悲鳴を上げた。

「こっぱずかしくして、もうこんなところにいられるかー」


 そして、遁走を始めたのである。


「あ、ジェフリー兄さんっ! どこへ行こうっていうんですっ!」

 アミリアの制止も聞かず、遁走は続けられる。


「あーっ」

「がんばってー」

「捕まえちゃえー」

 歌を止めたエルフたちがアミリアに声援を贈る。


「はい。がんばります」

 追走を始めるアミリア。


(何てこった。アミリアの奴、「海賊団員」に加えて、「エルフ」たちも手なずけちまった)

 ジェフリーの遁走は続く。


 ◇◇◇


 コンコン 


 執務室のドアがノックされる。


 返事と共に鈍い音をたててドアが開く。


 入ってきたのはレオニーだ。執務室で一人待っていたのはアドルフ。


 レオニーは書類の束を持っている。それを見てアドルフは問う。

「王室諜報部からの報告が来たのか?」


 レオニーは頷き、書類を机の上に置く。

「アドルフ様が知りたがっていた。ジェフリーの目的についての調査報告です」


 アドルフは書類を広げる。そして、すぐに声を荒げる。

「何だとっ! ジェフリーの奴、クローブとナツメグの苗と枝を手に入れるのが目的だったのかっ!」


 レオニーは淡々と受ける。

「そのようです」


「くそっ! 東マルク島を焼いたのは、略取した証拠を消すためか。わざとらしいほどの挑発はこっちの気をガレオンに引くためだったのかっ!」


「そのようです」


 アドルフはレオニーを振り向く。

「事情はどうあれ、これは俺の失態だ。ホラン王国領でしか産しないことで高値をつけていたクローブとナツメグがイース王国でも生産できるとなるとどうしたって、値は下がる」


「……」


「レオニー。ホラン国王義父上は何と言っておられる。失態を演じたこの俺はマルク群島総督を解任されるのか?」


 レオニーは首を振る。

「アドルフ様は何度も他国の大艦隊を撃退しておられます。このことでホラン国王の信頼が揺らぐことはありません。それに……」


「それに?」


「王室諜報部の調査では、イース王国はクローブとナツメグの苗を入手はしましたが、イース王国はマルク群島ここと違い寒冷な気候。とても露地では育てられぬとのこと」


「というと」


「最新のガラス温室を使って栽培するしかない。しかし、ガラス温室は高価なもの。そうそう増設は出来ないと見込んでいます」


「つまり」


「イース王国産のクローブとナツメグが市場に出回るまでには時間がかかる。その間対策を練ることも出来る。それが王室諜報部の結論です」


「分かった。ありがとう。何か俺に出来ることがあったら言ってくれと王室諜報部にも伝えてくれ。それにしてもジェフリーだけは許せんな。あいつの情報は何か聞いているか」


「ジェフリーとやらは、クローブとナツメグの苗を入手した功でイース王国国王エリザの王配にすると言われたそうですが、それを蹴って出奔したとのこと。そこから先は分からないそうです」


「何だとっ!」

 更に「あの馬鹿野郎が」と言おうとしてアドルフは思いとどまった。その「馬鹿野郎」に一杯食わされたのは自分である。


 それはある意味正しかった。ホラン王室諜報部どころか、イース王室も把握していなかったが、ジェフリーがアジトにしている気候温暖なアトリ諸島で既にクローブとナツメグの本格栽培が開始されていたのである。

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