第14話 主人公遁走始末記

 伊達に「姿なき海賊団」頭目を務めていない。ジェフリーの逃げ足の早さは一級品だった。


 あっという間に港にたどりつくと停泊していたガレオンに飛び乗った。


「あ、お頭。お早いお帰りで。どうでした? 恩賞の方は?」


「すまん。事情は後で話す。とにかくすぐ出航してくれ。アジトに帰るぞっ!」


「へっ、へい。おーい。出航するぞーっ」


 エリザの指示でジェフリーの逮捕に向かった衛兵隊が港に着いた時にはもうガレオンは出航した後だった。


 申し訳なさそうにその旨の報告をする衛兵隊長にエリザは言った。

「今回のことはすぐに指示を出さなかったエリザの非。衛兵隊あなたたちの非ではありません。しかし……」

 全員の方を見つめ直す。

「今回のことでジェフリーを諦める気は毛頭ありません。海軍大臣」


「はっ、はい」


「『シップ』を建造してください」


「え? 『シップ』? 『ガレオン』の次世代戦闘艦とされるあの『シップ』ですか?」


「そうです」


「ホラン王国も造船を計画しているとのことですが、建造費がかなりかかります」


「かまいません。予算の不足分は私の宮廷生活費から流用してください。そして……」


「はい……」


「完成の暁には私自ら乗船し、ジェフリーを逮捕に行きます」


「はっ、はい。すぐに計画策定します」

(こいつあ、えらいことになったぞ。もっとも完成すればイース王国わが国の海軍力は素晴らしいものになるが)

 海軍大臣は額の汗をハンカチで拭いながら、海軍省へ急いだ。


「あ、あの……」

 そして、恐る恐るエリザに声をかけるのは、ジェフリ-王配殿下のお世話係になるはずだったアダムである。

「もっ、申し訳ありません。ぼっ、僕が王配殿下をちゃんと見ていれば」


「アダム。あなたのせいではありませんよ」

 エリザはアダムに笑顔を見せる。

「十年前のことでジェフリーの逃げ足の早さは知っていたはずなのに、それを許したのは私の失敗です。アダム。あなたを王配の世話係にすることは出来ませんでした。でも、出来るだけ早いうちに代わりの仕事を用意します。だから、安心してください」


「はっ、はい」

 頬を染めて頷くアダム。


(それにしても大した度胸だわ。国家元首とその閣僚を目の前にして遁走を決め込むとは。ふふふ。でも、その何をしでかすか分からないところもいいんだけど)

 一人微笑むエリザをアダムは不思議そうな顔で見ていた。


 ◇◇◇


「よし、もういいか。ではみんな聞いてくれ」


 自らが乗船するガレオンがイース王国を十分離れ、アジトからそう遠くない外洋に出た時、ジェフリーは海賊団員たちに声をかけた。


 操船している者と監視員以外は船室に集まった。彼らを前にしてジェフリーは床に腰を落とすと手をつき頭を下げた。

「すまねえ。ジェフリーが不器用なもんで、クローブとナツメグの配当とおまえらが海軍に編入される話、パーになっちまった」


 シーン 


 静まりかえる船室。


「これはみんなジェフリーの不手際だ。だから、もうジェフリーについて行けない、海賊団を抜けたいって奴がいたら、抜けてもらってかまわない。出来るだけ希望に添える場所まで送るようにする」


 シーン


 なおも静まりかえる船室。しかし……


「プッ」

 誰かが笑った。


「アハハハハ」

「ワーッハッハッハッ」


 そして、船室全体が爆笑の渦となった。その中で一人きょとんとしているジェフリー。


「そんなこったろうと思っていましたよ」

「お頭が不器用なのはこちとらよっく分かっていますって」

「俺たちゃ、お頭と一緒に海賊やってんの楽しいんですぜ」

「そうそう海賊ったって、狙うのは喫水線が下がるほど貨物積んだ商船キャラックばかり」

「それも貨物全部強奪しないで、積み過ぎ分くらいを奪ったらとっとと逃げ出す」

「逃げ足だけは凄く早い」

「ついた二つ名が『姿なき海賊団』」


 ガハハハハハ


 再度起こる大爆笑。ジェフリーはきょとんとしたまま周囲に問う。

「おまえら、ジェフリーのこと怒ってないのか?」


「怒ってないですよー。こうなるかもしれないって事前にあねさんからも聞かされていましたから」


「何? あねさん?」

 ジェフリーの顔色が変わる。


 その時、船室の奥から満面の笑みで姿を現したのは果たしてアミリアだった。


 ◇◇◇


「アッ、アミリア。何でおまえこの艦に乗っている?」


「あら、ジェフリー兄さまは十年前もパニックになると、港で艦に乗って出奔したじゃないですか。同じパターンはあるかと踏んで、侍女のマリアに頼んで、王宮の片隅に足の速い馬を一頭隠しておいてもらったのですよ。それでジェフリー兄さまより早く艦に着いたのですね。海賊団員の方々は大歓迎でアミリアを乗船させてくれました」


(何てこった。ジェフリーよりアミリアの方がよっぽど海賊団員たちの心を掴んでいるじゃねえか)

 ジェフリーは頭を抱えた。


 そんなジェフリーにアミリアは一歩ずつ近づいて行き、ゆっくりと、しかし、力強く問うた。

「ジェフリー兄さまにお聞きしたいことがあります」


「なっ、ななな、何だ?」


「ジェフリー兄さまが十年前の出来事で心に傷を負い、また、長い海賊暮らしで宮仕えが嫌になったのも分かります。しかし、エリザ姉さまは十年前のことを謝罪したし、何よりジェフリーあなたは海賊団員の方たちを大切に思っている。海軍に編入させたいと思っていたはずです。どうしてエリザ姉さまの求婚プロポーズに応じなかったのです?」


「そ、そりゃあ……」

 ジェフリーの顔は徐々に赤みが差してきた。

「エリザにも海賊団員こいつらにも悪かったと思っているが、あそこでエリザの求婚プロポーズ受け入れたら、アミリアおまえに悪いじゃねえか」

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