第13話 王宮三つどもえ決着

「ははっ、ありがたき幸せ」

 ジェフリーはまたも深々と頭を下げる。


(ここまではいい。勝負はこれからだ)

 ジェフリーは強く唇を噛んだ。


 ◇◇◇


「そして、三つ目、最後の恩賞です。ジェフリーはもともと侯爵令息ですが、爵位は弟が継いだよし。今回の功に対して侯爵よりは低い爵位ですが伯爵を授爵します。そしてその上で……」

 いったん言葉を切ったエリザ。場の緊張感は頂点に達した。

「王配に任命します」


 ざわざわざわ


 公然の秘密として共有されていた情報とはいえ、やはり女王の明確な発言は場に衝撃を走らせた。海賊に伯爵を授爵するのはまだ先例がある。しかし、元侯爵令息とはいえ、海賊を王配にするのは前代未聞のことだ。


 ジェフリーも事前に分かっていたにもかかわらず、しばらくあっけにとられた。

(いっ、いかん。立ち上がって、辞退すると言わないと)

 しかし、体は鉛のように重く、腰が持ち上がらない。

(これが女王の威厳か。エリザめ。しかし、ここは何としても立ち上がらなくては)


 ようやく立ち上がったジェフリーはざわめきの中、あらん限りの声を張り上げた。

「おっ、恐れながらその儀はご辞退申し上げたくっ!」


 ◇◇◇


 シーン


 あれほど大きかったざわめきが一瞬にして静まった。


 エリザも言葉を失っていたが、それでも言葉を絞り出した。

「辞退する? 何故です?」


 その眼光は鋭く、今度はジェフリーが言葉を失った。


 その時だった。


「申し上げます。一つお聞きしたいことがあります。エリザ姉さま。あなたは十年前、ジェフリー兄さまではなく、別の方と婚約されました。それを今になって王配に任命するのは何故です?」


 ◇◇◇


 すっくと立ち上がったのはアミリアである。


(しまった)

 ジェフリーは右手で額を押さえた。

(俺がはっきり言わないからアミリアが出てきてしまったぞ)


「よろしい」

 エリザは凜とした態度のままアミリアを振り返る。

「その理由を話しましょう。アミリア。そして、ジェフリー」


 場は静まりかえったままだ。


「十年前。エリザはジェフリーと婚約するつもりでした。アドルフとの婚約を発表する二日前まで」


(そうだった。確かにあの時のエリザは嘘を吐いているようには見えなかった。それが当日は何故?)

 ジェフリーの両拳に力が入る。


「ジェフリーに結婚したいと話したその晩のことでした。私は急遽亡き父王ヘンリーに呼ばれているとのことで父の部屋に行きました」


「……」


「そこにいたのは既に伏せっていた父王とアドルフ。そして、王太子であったリチャード兄さまが遠征先のフラン王国で敵兵の狙撃を受けて急死したことを知らされたのです」


「!」


「そのためにショックで伏せてしまった父王から近衛魔道師団一の魔法力の持ち主アドルフと結婚して王位を継いでくれと懇願されたのです」


(そうだったのか)

 ジェフリーも十年後にして初めて知る事実だった。


エリザは心ならずもジェフリーとではなく、アドルフとの婚約を発表せざるを得ませんでした。あの時のアドルフの勝ち誇ったような笑顔は忘れられるようなものではありません」


「……」


「そしてその後のアドルフからの一方的な婚約破棄とホラン王国への亡命です。エリザはすぐにジェフリーを探し出し、婚約を復活しようと思いました。しかし、そこでジョン兄さまを担いだ貴族たちの蜂起が起こり……」


「……」


「それをようやく鎮めましたが、ジェフリーは海賊になってしまっていた。それをそのまま王配にでは周囲も納得しない。そこで今回の依頼です」


「……」


「ジェフリー。あなたは見事に周囲を納得させるだけの成果をあげてくれました。十年前、あなたを深く傷つけたことは謝罪します。しかし、あなたへの愛は変わりません。どうか、我が愛を受け入れてください」


(くっ、そういった事情があったか。エリザもつらかったのは分かる。だけどだけど、ジェフリーは)

 ジェフリーが口を開かんとしたその時


「お待ちください。エリザ姉さま。ジェフリー兄さまを十年思っていたのはあなただけではありません。アミリアもです」

 先にアミリアの声が響き渡った。


 ◇◇◇


「アミリア」

 エリザは静かに答える。

「あなたのジェフリーへの思いは私も知っています。しかし、以前も言いましたが、これだけは譲れません」


 対するアミリアは語気強く言い返す。

アミリアはエリザ姉さまを敬愛し、忠誠を貫いてきました。しかし、これだけは別です。譲れませんっ!」


(くっ、くそうっ! ジェフリーにはどうしたらいいんだかさっぱり分からねえ)

 ジェフリーは頭を抱えたい。


 ◇◇◇


「いいでしょう。アミリア。あなたがそこまで言うなら、ここはジェフリー本人に決めてもらうのはどうでしょう?」


「いいですね。エリザ姉さま。私もそう思います」


 エリザとアミリアだけでなく、その場にいる全員の視線がジェフリーに集中する。もちろんハラハラしているアダムもだ。


「「さあ、どっちを選ぶのです?」」


 ◇◇◇


 勢いよく立ち上がったジェフリーは天井を指差した。

「こっち」


「!」


 あっけに取られる周囲を尻目にジェフリーは王宮から遁走した。


 エリザも周囲の人間も呆然としたまま、何のリアクションも取れない。


 エリザが我に返ったのは約十分後だった。

「衛兵隊長。ジェフリーを逮捕しなさい」


「えっえっ、はい。して罪状は?」


「そっ、それはですね。『優柔不断罪』です」

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