第11話 緊張美少年男爵令息アダム

「あの。お頭」

 海賊団員の一人がおずおずと言い始める。

「昨日の宿の飯はとても旨かったんですが、どうもああいう綺麗な宿の寝床は俺たちには落ち着かなくて」


「そうか? 飯のことはともかく、あの宿はそんな高級宿でもないぞ」


「それでも俺たちゃ普段が船上かアジトでも小さな小屋の寝起きじゃないですか。どうにも尻の座りが良くねえんですよ。なんで今夜から俺たちゃ艦で寝起きしていいすかね? 飯はこっちに持ってきてもらうことにして」


ジェフリーも大概貧乏性だが、おまえたちはそれ以上だな。まあいい。俺が宿の支配人に頼んでやるよ」


「お願いしやす」


 ジェフリーの目から見ても、海賊団員たちに任せておけば、今日明日には艦の修理は終わりそうだった。なので、いったん宿に戻ることにした。


 ◇◇◇


「あ、帰って来られました」

 宿の支配人がほっとしたような声を上げる。


 ジェフリーが見ると白馬を連れたキンキラキンの格好した男が宿に来ている。


「ジェフリー様。こちら女王陛下からのあなた様あてのご使者です。さっきからお待ちでして」


(何? もう来たのか)

「それはそれは。俺いや私が『姿なき海賊団』頭目ジェフリーです」


「ジェフリー様」

 使者の男は片膝を折ると頭を下げる。

「女王陛下からのお言葉をお伝えします。『このたびの遠征。見事な成果であった。ついては約束していた恩賞をとらせるので、明朝に迎えにきた馬車に乗り、王宮まで来られたし。なお、服装はそのままでいい。正装には王宮で儀式の前に着替えさせる故』とのことです」


「ははっ、うけたまわりましたとお伝えください」


その言葉を聞くと使者の男もほっとした表情で白馬にまたがり帰って行った。


(あの使者あいつも相当エリザにプレッシャーかけられたんだろうなあ)

 ジェフリーは同情した。


(さあて明日だ。いかに他の恩賞だけきっちりもらって、王配の件だけ断るかだ。まあ爵位もほしいとは思わないからそっちも一緒に断ってもいいが)


 何とも言えぬ表情でジェフリーを見つめる支配人に今後は食事を港に運んでもらうよう頼むとジェフリーは宿の部屋に戻った。


(決戦だ。命のやりとりするわけでもないのに、アドルフ相手にケンカした時以上に緊張するわ)


 ◇◇◇


 翌朝、予告通り馬車は来た。


 その車体はこれでもかとばかりキンキラキンの豪華絢爛。それを引くのは王国内で最も美しいのではないかと思われる真っ白い駿馬が二頭。それを御する御者の服装もキンキラキン。


(初手からこれだよ。目が疲れるわ)

 ジェフリーは溜息を吐いた。


 そんなキンキラキンの馬車が降り立ったのは、これまたキンキラキンの服装を身にまとった金髪碧眼に陶器のような白い肌、そして、目鼻立ちの整った美少年。


 ガチガチに緊張した面持ちでジェフリーに前に立つと、右膝をつき頭を下げた。

「はっはっはっ、はじめましてジェフリーきょう。ぼっぼっぼっ僕、いや、私、男爵令息のアダムといいます」


(うーむ。彼もまたエリザにいろいろ言われてきたんだろうなあ。気の毒なくらい緊張してるわ。見たところアミリアより若いな。十五くらいか)

「丁寧な挨拶ありがとう。アダム君。でも、俺は貴族じゃないからきょうは要らないよ」


「しっ、しっ、しっ、失礼いたしました。ジェフリー王配殿下」


(ぶっ)

 ジェフリーは驚きのあまり噴き出しそうになったのをこらえた。

「アダム君。俺は『姿なき海賊団』の頭目でそんな身分の者じゃないよ」


「いっ、いっ、いっいえ。僕いえ私は女王陛下から直々にジェフリー様が王配殿下になり授爵されるのは既に決まっており、未発表なだけだから、くれぐれも失礼がないよう言われておりまして……」


(十五の男爵令息に女王がそんなこと言ったとなりゃあ、そりゃあこうなるわな)

 ジェフリーはまた溜息を吐いた。


「もっ、申し訳ありませんが、じょ、女王様がお待ちです。ばっ、馬車に乗っていただけませんか?」


「ああ」

(この擦れてない少年使者を追い詰めるのもなんだろう)

 ジェフリーは馬車に乗った。


 ◇◇◇


 内装もキンキラキンだった。もちろん椅子はフカフカである。


「あー、アダム君だっけ?」


「はっ、ははは、はいっ」


「俺は十年前にイース王国この国を飛び出してから、王宮にもとんとご無沙汰だが、今の馬車はみんなこんなにキンキラキンなの?」


「いっ、いいい、いえっ、この馬車は本来国賓送迎用の特別なものです。ここまで豪華なのはこれ一台だけです」


(ぶっ)

 ジェフリーはまた噴き出しそうになった。

(どこまでやってくれるんだか)


 ◇◇◇


「あ、あ、改めまして、わっわっわっ私、ギムソン男爵の嫡男アダムといいます。よろしくお願いします」


 相変わらず緊張気味に切り出すアダムにジェフリーは鷹揚に頷く。

「ああ、よろしく」

(ギムソン男爵の嫡男かあ。そういえば親父と男爵仲良かったとも聞いたな)


「そっ、そそそ、そして、私、女王陛下からジェフリー王配殿下のお世話係を仰せつかりました。こっ、こここ、光栄であります」


「え? 今回の使者だけじゃなくて?」


「はっ、ははは、はい。王配殿下は王宮に不慣れであるから、わっ、私がお世話するようにと」


「……」


「ち、父も母もこの話をしたら涙を流して喜びました。『男爵家でしかない我が家の息子が恐れ多くも王配殿下のお世話係を任されるとは』と」


「……」


「いっ、いっ、至らぬところも多いですが、どうかよろしくお願いします」

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