第10話 姉妹対決。知らぬは主人公ばかりなり

「お帰りなさい。アミリア」


 その威厳、気品、美貌ともこの世界のトップレベルとされる女王にさすがのアミリアも気圧された。


「ただいま帰りました。エリザ姉さま」


「聞こえてしまったのですが、アミリア。あなたはこの真夜中に出かけたいとか。どこに行こうと言うのです?」


「え? そっ、それは……」

 口ごもるアミリア。


「言いづらいのなら私が言いましょう。ジェフリーのところに行こうというのですね?」


(あちゃあ。私が王宮でジェフリー兄さまと同衾しようとしたのがエリザ姉さまにばれてたのか)

 アミリアは絶句したままだ。


「許しません。あなたは遠征帰りで疲れている。しばらく王宮を出ることなく休んでいるのです」


「いっ、いえ、姉さま。私は疲れてはいません」


「いいでしょう。私たちは姉妹。遠回しの言い方は止めて、ずばり言いましょう」


「!」


「アミリア。私はあなたのことを可愛い妹だと思っているし、ジョン兄さまとの王位争いの時も終始私の右腕として活躍してくれました。今回の遠征も見事に成果を持ち帰りましたね。だから、私はあなたの望みを出来うる限り叶えてやりたいと思っています。しかしっ!」


「……」


「ジェフリーだけは絶対に渡せませんっ! ジェフリーは真の私の最愛の人っ! 我が王配にふさわしい人間なのです」


(うわあ)

 アミリアはエリザの剣幕に内心叫び声を上げたが、それは声にならなかった。


「マリアッ!」

 エリザがそのテンションのまま声を上げる。


「はっはい」


「いいですか。明後日には王宮大広間で今回の遠征の成果を群臣に発表し、ジェフリーと『姿なき海賊団』には恩賞を給与します。その場にアミリアも立ち会わせますが、それまでアミリアが王宮を一歩たりとも出ないよう、しっかりと監視するのです」


「はっはい」


「知っているでしょうが、アミリアは目を離すとカーテンを使って、王宮の窓から外に出るくらいのことは平気でやってのけます。厳重に監視するように」


「はっはい」


(姉さま。あたしだってジェフリー兄さまだけは譲れません。いいでしょう。決戦は恩賞給与の場です)

 やはりアミリアはこういうシュチュエーションに置かれると余計闘志を燃やすタイプなのである。


 ◇◇◇


「ぷはー。うま」

 ジェフリーは思わず声を上げる。全くこのリンゴ酒サイダーは最高だ。

(港の役人には雨風しのげて旨い飯が出るところと頼んだが、飯については当たりだ。この酒も旨い)。


「お頭。飲んでいますかい?」


「おおっ、飲まんでか。食わんでか」


「お頭。俺たちみたいなのが、こんな旨い飯と酒もらっちゃっていいんですかい?」


「何言ってやがる。おまえたちゃイース王国のために大手柄立てたんだぞ。遠慮せずに飲めっ! 食えっ!」


「へいっ、いただきやすっ!」


 笑顔の宿の支配人がジェフリーのところにやってくる。

「ジェフリー様。食べ物と酒は足りていますかな? 実は国王陛下の使者が来られまして、今回の支払は王室で持つから、どんどん出してやってくれと言われまして」


「あ、そう」

(エリザからか。嫌な予感がしなくもないが、もう相当飲み食いしちゃっているしなあ。ここは開き直ってゴチになるとしよう)。

 ジェフリーも笑顔で支配人を振り返る。

「ありったけ出しちゃってくれ。なに、こいつらは荒くれ海の男たちだ。いくら出しても飲んで食っちまうよ」


「ありがとうございます」

 支配人は満面の笑顔だ。そりゃそうだ。スポンサーが王室となれば、いくら飲み食いされても、絶対取りっぱぐれはない。


(いろいろ思うことはなくもないが、今は旨い飯と酒を楽しもう)

 次々に海賊団員が酔い潰れる中、最後までジェフリーは飲んでいた。


 ◇◇◇


「ふいー」

 翌日、ジェフリーが目覚めた時、もはや日は西に傾き始めていた。こんなに寝たのは久しぶりだ。


「よくお休みでしたね。何かお食事をとられますか?」

 昨夜の支配人だ。やはり笑顔である。


「うーん。昨日は相当飲み食いしたからなあ。何か軽いものもらえるかな」


「かしこまりました」


「で、うちの連中はまだ寝ているのかい?」


「いえ。お連れの皆様は港に行っています。何でも艦を修理されるとかで」


「え? そうなのか」

(なんて奴らだ。頭目の俺が高いびきで寝てたってえのに、艦の修理で港に行っているだと)

「それでは俺も軽く食ったら港に行かないとな」


「いってらっしゃいませ」


 ◇◇◇


 イース王国王都の外港であるイースタンプトンは大きな港だ。


 しかしその中にあって「姿なき海賊団」のガレオンは実によく目立った。見るからに荒々しげな男たちが船大工の手も借りず、自力で修理しているのだ。


「あ、お頭」

 海賊団員の一人がジェフリーに気づいた。


「おまえたち昨日の今日でもう修理しているのか。凄いな。て言うか資材はどうしたんだ?」


「昨日の港の役人がお詫びの印に自由に使っていいって言ってくれて」


(ふうん。随分また気を遣ってもらっているなあ。まあ、他の艦隊と違って、一隻しかないから全面修理しても知れたものというのもあるが。あ、ラ・レアルがいなくなっている。

もともと臨時にアミリアの麾下に組み込まれていたのが、本来の所属に帰ったんだな。世話になった)

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