第6話 苦悩するアドルフ

 部下の呼ぶ声にアドルフは我に返る。


ガレオンは二射まで撃ってきました。我らは応射はせずともよいのでしょうか」


(そうだ。これではいかん。ジェフリー相手方がどんな姑息な手を使ってこようが、防御力も弾薬の在庫も要塞こちらの方がはるかに上だ。今まで大艦隊も全て撃退してきたじゃないか。何を焦っていたのだ。俺は)


 アドルフは振り返り、部下に指示を出す。

「全砲門斉射。舐めてきやがった艦を沈めてやれ。砲弾には俺が魔法力を付加する」


「はっ」


 ◇◇◇


「ほうれ、おいでなすった-」

 要塞からの一斉砲撃にジェフリーは声を上げた。

「防御魔法『精霊の守り』『艦体強化』。こっちの砲撃は中止。最低限の観測員以外は甲板を離れ、艦内に入れっ! 艦は要塞から距離を取れ」


 遠距離からの砲撃だけに見当違いのところに飛ぶ砲弾も多いが、何しろ要塞の砲門は艦よりはるかに多い、至近に着水するものも多く、辛うじて「精霊の守り」で命中を逸らす砲弾も少なくない。


「お頭。艦の揺れが酷いです。こいつあ着水した砲弾によるものだけじゃないですぜ」


「ああ、アドルフの野郎『波濤』の魔法も使ってやがる。こっちも『安定』で対抗しているんだが、悔しいがアドルフ《奴》の魔法力の方が上なのは認めざるを得ねえ」


「ジェフリー兄さま。あたしも『安定』かけましょうか?」

 アミリアの問いかけにジェフリーは首を振る。

「いや、当初の計画を進めてくれ。ここはジェフリーが何とかする」


 ◇◇◇


 二羽目の伝言鳩がアドルフの前に降り立った。やはり腹部にイース王家の紋章をつけている。


 周囲の者が「殺しますか?」と問うのをアドルフは静かに制す。

「まあ聞いてはやろうじゃないか。何をさえずるかは知らんがな」


 その言葉を理解したか否かは分からないが、伝言鳩はまたもくちばしを広げ、光を発した。


「アドルフ」


「!」


 その画面が映し出していたのは現イース王国国王エリザだった。


(そんな馬鹿な。エリザがあのガレオンの艦内にいるというのか? 仮にも一国の国王だぞ。何故たかだか一つの要塞攻略に、それもたった一隻の戦闘艦で来る?)


 アドルフの当惑をよそに画面上のエリザは語る。

「国王になった身でこんなところまで来るなというのは分かります。しかしそれでも、私はそなたのことを許せないのです」


「……」


「どうしてもあなたを捕らえねば気が済まないのです。笑いたければ笑えばいい。そして、捕らえられたくないのなら……」


「……」


「艦ごと私を沈めてしまえばいい。そうなればあなたの身はこれからも安泰でしょう」


 そこまで言い終わると、またも画面は消え、伝言鳩は一声鳴くと壁をすり抜け飛び去って行った。


(エリザがあの艦にいるのか。そんな)

 呆然とするアドルフからは込めた魔法力がするすると抜けていった。


 そして、指示を出した。

「撃ち方止め」と。


 ◇◇◇


「お頭。要塞からの砲撃がやみましたぜ。艦も揺れなくなったし」


「ようし、またちょっと近づけ。砲手は船室から甲板に戻れ。準備出来たら砲門斉射しろ」


「あ、あの」

 アミリアが恐る恐るという感で言い出す。

「私とエリザ姉さまは姉妹と言っても母親が違いますし、そっくりというほど似ているわけでもありません。私がエリザ姉さまになりすましたのは成功したのでしょうか」


「成功したから、要塞は撃つのを止めたんだろ」


「正直、信じられませんが、アドルフは動揺したのでしょうか」


「動揺したんだろうな。アドルフあいつにも人間らしい心が残っていたってことだ。言っているとおりエリザとアミリアおまえはそう似ているわけでもない。それでも違いを見逃してしまうくらいに気にしているってことだ」


「……」


「それを利用するってのはお世辞にも綺麗な手法じゃあない。だが、こっちだって余裕があるわけじゃない。何しろ……」


「……」


「他国の大艦隊を何回も撃退している要塞に単艦でケンカ売っているんだからな」


ドドーン


 ガレオンの砲門が斉射され、多くの砲弾が要塞に命中し、要塞は震動する。しかし、びくともしないようだ。


 ◇◇◇


 ズズーンズズーン


 ガレオンの砲撃は何度も要塞を揺らしたが、アドルフは呆然としたままだった。


 部下たちは何度も指示を求めたが、上の空のまま。


 ギギー


 その時、執務室のドアがゆっくり開き、そこに姿を現したのは……


「レオニー」

 アドルフはようやく我に返る。


 レオニー。アドルフの妻にして、元ホラン王国の王女である。その輝かんばかりの金髪と澄んだ蒼い眼の美しさはアドルフに相通じるものがある。


「アドルフ様。何か悩まれていることでも?」


 レオニーの言葉にアドルフは首を振る。

「そんなことはない。レオニーは何も気にせず、休んでいてもらえばいい」


「ありがとうございます。でも……」

 レオニーはアドルフの目を見つめる。

「私は。私では戦の場でアドルフあなたの力になることは出来ないのかもしれません。でも、私はいつでもどんな時でもアドルフあなたの味方です」


「ありがとう」

 アドルフは笑顔になった。

(そうだ。俺はレオニーに出会ってから、レオニーのためにだけ生きると決めたんだ。相手がジェフリーだろうが、エリザだろうが関係ない。逆らう者は潰すまでだ)


 アドルフは笑顔のまま続けた。

「ありがとう。レオニー。でも大丈夫。休んでいてくれ」


 そして、振り向くと叫んだ。

「再度、全砲門斉射。あのガレオンをジェフリーとエリザごと沈めてやれ」

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