【第3話】
そうして、ついに対峙を果たす。
「お待たせしました」
玄関ホールに、いつか見たスーツ姿の男が現れる。
黒髪を整髪剤で固めて、黒縁眼鏡の向こう側では感情の読み取れない黒曜石の双眸が輝く。相変わらず読めない男だ。
ミヤビ・クロオミは微笑むことすらせず、
「ゲーム大会はまだ途中ですが?」
「ルールに欠陥が見つかったから豪華客船を降りちゃった。あんまり楽しめなかったよ」
「欠陥とは?」
あくまで「自分たちは何も関係ない」というスタンスを貫きたいのだろう。彼の本性を見るのはだいぶ時間がかかりそうだ。
「まあ、そんなことはいいから」
ユーシアはミヤビ・クロオミとの距離を詰めると、
「とっとと会長さんのところに案内してくれる?」
そう言って、彼の脇腹に砂色のコートの下から抜き取った自動拳銃を押し付ける。
死角を使って脅しているので、通行人にはユーシアの持つ自動拳銃が見えていないはずだ。ミヤビ・クロオミの表情は変わらないし、余裕のある態度が何とも苛立たしい。
ミヤビ・クロオミは自分の脇腹に押し付けられる自動拳銃を冷めた目で見下ろし、
「ここで叫んだらどうなりますかね」
「その時はウチの優秀な相棒が目眩ししている隙に、エレベーターにでも飛び乗ろうかな。形あるものは壊れるしね」
ユーシアが背後にひっそりと佇む真っ黒なてるてる坊主を見やれば、彼はぶかぶかなレインコートの袖を揺らしただけだ。その下には様々な兵器が隠されているので、ここで拒否すれば大勢が死ぬことになる。
別に、ユーシアは相手がどのような選択肢を取ろうが構わなかった。今はまだそういう気分ではないから殺していないだけで、うっかりしたらこのビルの玄関ホールが吹き飛んでいたかもしれない。だるま落としの如くビルが倒壊する可能性だってあった。
自分本位な人間が、他人を守る為に自らを犠牲にするとは考えにくい。きっとミヤビ・クロオミも大を切り捨てて自分を守るだろう。
「かしこまりました」
ミヤビ・クロオミは自動拳銃を脇腹に当てられながら、
「こちらにどうぞ」
「あらまあ、本当に案内しちゃうんだ」
「案内を望まれたのは貴方では?」
先刻と変わらない感情の読むことが出来ない双眸で見やるミヤビ・クロオミは、コツコツと革靴を鳴らして踵を返す。
「さあ、会長はこちらにお待ちです」
☆
壁の一部がガラス張りとなったエレベーターが、ゆっくりと上昇していく。
エレベーターの操作盤の前に立つミヤビ・クロオミは、特に何も言わずに上昇していくエレベーターの扉を見つめていた。
ゲームファンタズマの会長はユーシアやリヴたちを殺そうとした張本人で、豪華客船に乗せた大勢の【OD】を海の藻屑として沈めた。同類である【OD】の敵討をする訳ではないが、あんな危険極まる楽しくも何ともない場所に乗せてくれたお礼参りぐらいはしたってバチは当たらないだろう。すでに殺害を画策している時点で地獄行きは決定しているが。
沈黙が支配する小さなエレベーターの中、ミヤビ・クロオミの声が落ちる。
「豪華客船と連絡が取れませんが」
「そうなんだ。通信機器の故障じゃないの?」
「何かしましたか?」
「したと言ったら?」
しれっとそんなことを言ってのけるユーシアに、ミヤビ・クロオミが冷ややかな視線を寄越してきた。
彼の瞳は「余計なことを」と物語っているように見える。せっかく計画した【OD】の大量殺戮作戦が台無しにされたのだ、それは怒りたくもなるものだ。
ユーシアは変わらずヘラヘラと笑いながら、
「俺たちはね、他人の思い通りにはいかない悪党なんだ。だから他人が綿密に立てた計画もぶち壊しちゃう」
「爆弾の改造は簡単でしたよ。あんなお粗末な仕掛けで僕らを殺せると思わないでくださいね」
今まで黙っていたリヴも、周りに人の目がなくなったことでようやく喋るようになった。彼の軽口も健在である。
あの豪華客船に積まれていた爆弾を改造し、リヴが合図を送ったらすぐに起爆できるようにしたのだ。豪華客船にはゲームファンタズマに雇われた協力者も何名かいたので必ず脱出方法を隠しているはずだと踏み、見事に救命ボートで脱出した次第である。
あんな大勢の【OD】を相手にすることもなかなかないので新鮮な気持ちだったが、やはり閉塞的でつまらない予感はある。世界的ゲーム会社がきいて呆れるようなお粗末なゲーム内容だ。
ミヤビ・クロオミは肩を竦め、
「驚きますね、うちの会社にほしいぐらいです」
「大金積まれたって協力しないから安心してね」
「言われずとも協力を申し出られても手を取り合うことはありませんので、ご安心ください」
初めて嫌味のようなものを言われた気がする。このミヤビ・クロオミは相当な性格の悪さを持っているようだ。
「それにしても、よくあんな大勢の【OD】を集めたね」
「恐れ入ります」
「褒めていないんだよ」
ユーシアは吐き捨てる。
豪華客船で優雅なクルーズでもなければ、乗客は全員揃って頭の螺子が吹き飛んだ馬鹿野郎なので殺し甲斐がない。まあ何人か殺し甲斐のある連中はいたものだが、奪って殺してがユーシアとリヴの日常茶飯事だったのでゲーム性の面白さはなかった。
デスゲームを計画するなら、せめてもう少しぐらい面白さがあってもいいのではないだろうか。数少ない脱出手段を求めて争い合うならまだしも、あれでは最初から【OD】を大量殺戮することだけが目的である。
そんなことをしても意味はない。【OD】は【DOF】がある限り、無限に増え続けるのだ。
「あの豪華客船を使って【OD】を一掃しようとしたみたいだけど、そんなことをしても無駄だよね」
「無駄ではありません」
ミヤビ・クロオミは即座に否定し、
「この世から【OD】が一掃されれば、彼らに怯えず一般人は生活できます。【OD】は悪ですから」
「世の中には無理やり【DOF】を摂取させられた可哀想な【OD】だっているのに、お前さんは全部を一掃しようとするんだね。潔癖なものだよ」
ユーシアが呆れたように言えば、ミヤビ・クロオミは小さな声で返す。
「この行動がどれほど愚かなものであろうと、理彩さんへの手向けになればそれでいいのです」
「ふぅん」
理彩という名前に聞き覚えがある。強姦の上に殺害させられてしまったゲームファンタズマ社の会長の孫娘だったか。
なるほど、この一連の行動は彼らなりの復讐だったようだ。孫娘を殺した【OD】を憎み、いつしか全ての【OD】に嫌悪を抱くようになった。分かりやすいスタンダードな復讐である。
その程度の復讐心で【OD】を殺せると思わないことだ。彼らは【DOF】によって異能力を得たのだから、まずは同じ土俵に立たねば勝てない。
――ポーン。
それまで動いていたエレベーターが止まる。
階数を告げる電光掲示板は最上階であることを告げていた。
この先にゲームファンタズマ社の会長が待っているのだ。こうもあっさり到着できるとは驚きである。
「この先に会長がお待ちです」
「ご苦労様」
ユーシアは砂色のコートの下で隠し持っていた自動拳銃を抜き放つと、
「じゃあここで眠っていてよ、永遠に」
「やはり【OD】は汚いですね」
「頭の螺子を吹っ飛ばした相手に『汚い』とか言っても何かの冗談にしか聞こえないよ」
そう言って、ユーシアはミヤビ・クロオミの後頭部めがけて自動拳銃の引き金を引いた。
銃声と共に放たれる弾丸。寸分の狂いもなくミヤビ・クロオミの後頭部に突き刺さると、彼はまるで糸が切れた操り人形の如くその場に崩れ落ちる。安らかな表情でミヤビ・クロオミは寝息を立てていた。
リヴがミヤビ・クロオミの肩を蹴飛ばし、
「寝ていますね」
「何かしら対策はしてくるような口振りだったんだけどなぁ」
「何もしてこないとは拍子抜けですね」
エレベーターが進んで他の階に行っても困るので、ミヤビ・クロオミの首根っこを引っ掴んでエレベーターから引き摺り下ろす。それから寝ている彼が二度と目覚めないように、リヴがミヤビ・クロオミの喉をナイフで引き裂く。
真っ赤な鮮血が吹き出し、彼のアイロンがかけられたスーツやシャツが赤く染まっていく。吸いきれなかった血潮が廊下に敷かれた絨毯にも染み込んでいき、赤黒く変色していった。
何も言わなくなったミヤビ・クロオミを見下ろし、ユーシアは言う。
「行こうか、リヴ君」
「そうですね」
目指すのは孫娘の死によって狂ってしまったゲーム会社の会長の元である。
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