【第9話】

 さて、脱出方法探しである。



「開かない扉って言ってたけど」


「どこにあるんでしょうね」



 部屋中の壁に触れてみても、何の変哲もない壁である。何かが仕掛けられている気配は全くない。


 ユーシアとリヴもカーテンを捲ったりして壁を探すのだが、やはり見つからない。開かずの扉は見つからないのだが、本当に正しい情報だったのだろうか疑わしくなってくる。

 脱出手段を得られたと勘違いしたあの【OD】の男が、まさか嘘の情報を出したというのだろうか。そう考えてもおかしくない状況である。結果的に彼は爆発して海の藻屑と成り果てたので、もう今更追及しても無意味なのだが。


 苛立たしげに舌打ちをしたリヴは、



「偽物の情報を掴まされたのでしょうか」


「その可能性は考えられるよね」



 ユーシアは血塗れになったカジノを見渡す。


 他に扉を隠せる場所としたら、床ぐらいしかないだろう。ただ血の染み込んだ絨毯が全体的に敷かれたカジノの床に、扉らしきものが埋まっている様子は見られない。このカジノに脱出手段を隠した扉なんてないのかもしれない。

 出来れば今夜あたりには脱出したかったのだが、それは叶わないのだろうか。早くしなければユーシアとリヴだけではなく、全員仲良く心中で海の藻屑となってしまう。


 ふとユーシアは足元に転がるゲーム台に目をやり、



「…………」



 そういえば、カジノは見事に荒れ果てている。


 本来ならゲームを楽しむ為の台座は横倒しになっていたり、ひっくり返っていたり、血塗れだったりとカジノとしての様相はすでに保っていない。もう華やかなゲームを楽しむことは出来ないと言っていい。

 注目すべきは台座の方だ。ほとんどが横倒しやひっくり返って使い物にならなくなっており、まともな形に残されているものは少ない。もしかしたら動かせないように固定されている台座があるのかもしれないのだ。


 ユーシアはまだ無事な台座を示し、



「リヴ君、台座は?」


「え?」


「台座に扉が隠されていたりしない?」


「その線もありますね」



 苛立ちを紛らわせるように誰かの死体へナイフを突き刺す遊びをしていたリヴは、



「ちょっと調べてみますか」


「台座は少なくなってるし、手分けしようか」


「そうですね、お願いします」



 血みどろなカジノにそれぞれ散り、ユーシアとリヴは台座を調べる。


 台座をひっくり返すことが出来なければそれで終わり、扉とは何の関係もない。固定されていれば当たりだ。

 そうでなくても台座に扉らしきものが取り付けられていればいい。とにかく脱出手段を見つけなければならないのだ。


 血みどろの台座を調べるユーシアは、



「ん?」



 ブラックジャックを遊ぶ為に作られた台座を持ち上げようとするが、台座が動かない。ユーシアの非力さでは持ち上がらないということだろうか。

 試しに台座を蹴飛ばしてみるのだが、鈍い音を立てるだけで台座はびくともしなかった。どうやら固定されているらしい。


 ユーシアはルーレット台をひっくり返しているリヴに視線をやり、



「リヴ君」


「見つかりました?」


「ビンゴだよ、固定されてる」



 リヴはルーレットの台座をひっくり返したまま放置し、ユーシアの示すブラックジャックの台座に歩み寄る。


 盤面にはベッタリと鮮血が付着し、ベルベット生地の机に白い枠がいくつも並んでいる。賭け金を乗せたり、カードを配ったりする為のものだろう。今や満遍なく血で汚されてしまっており、廃棄する未来しか用意されていない。

 台座の本体を調べてみるも扉のようなものはなく、代わりに天板の部分を軽く押してみるとズズと横にスライドした。天板を押し退けると、その下に現れたのは扉である。



「わあお、こんなところに隠されていたんだ」


「土管かっての」


「俺たち配管工じゃないんだよなぁ」


「シア先輩なら出来るんじゃないですか? 髭ありますし」


「狙撃銃を使う配管工なんている?」



 そんな会話を交わしつつ、リヴが針金で扉の鍵穴をピッキングする。巧妙に隠されている割には何の変哲もない扉で、ピッキングをすればすぐに開いた。何が開かない扉なのだろう、簡単に開くではないか。

 扉を開けると、埃臭さが血の臭いに混ざる。そこにあったのは道ではなく、階段ではなく、何かの倉庫よろしく荷物が収納されていた。少し大きめの鞄のようなものである。


 リヴがその鞄を引っ張り出すと、



「救命ボートみたいですね」


「使えそうかな」


「モーターもついていますが、動作確認をしてみないと何とも。最悪、木片でも何でも拾って手動で漕ぐことになりますが」


「まあ、脱出できればそれでいいでしょ」



 たとえこの救命ボートが2人だったとしても、リヴの親指姫の異能力で他人を小さく縮めて持ち運べばいいだけの話だ。色々と便利な異能力である。

 さて、これで脱出手段は獲得した。あとはこんな頭の螺子がぶっ飛んだ連中ともおさらばしてしまおうではないか。


 ユーシアは懐から【DOF】の箱を取り出して、黒い煙草を咥える。安物のライターで火を灯すと、



「じゃあリヴ君、とっとと逃げようか」


「そうですね」


「脱出したら美味しい日本食が食べたいよ」


「その前にやることがあるでしょう」


「そうだった」



 ――さあ、この頭のイカれたパーティーに終止符を打とうではないか。

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