【第7話】
さて、問題の地下カジノに突撃である。
「ねえ、そんなにやばいの?」
「やばいってモンじゃないですよ」
相棒のリヴに案内されながら、ユーシアは地下カジノに向かう為のエレベーターに乗り込む。
エレベーターの基盤には『地下:カジノ』という表記があった。もちろん日本語である。その下には申し訳程度の英語と中国語まで添えられており、万国に共通しましたと言わんばかりの設計となっていた。
地下のカジノに向かうボタンを押し込むと、エレベーターの扉が閉じて鋼鉄の小さな箱が2人の殺人鬼を地下空間に誘っていく。ゆっくりと豪華客船の奥深くに潜り込んでいくエレベーターが、まるで地獄への入り口に思えてきた。
「僕が見た時は酒池肉林って感じでしたね」
「それって、女の人が全裸であれやこれやしてる危ない空間じゃない?」
「いえ、実際に血が湧き肉が躍っておりました。つまり死体が」
「それ以上は言わないでいい」
ユーシアは顔を青褪めさせてリヴの言葉に待ったをかける。
酒池肉林の意味はよく知っているが、実際の血が湧いて死肉が飛び交うその様はカジノとは呼べない。確かにユーリカの言う通りだったかもしれない。
ユーシアはその場面を実際に見ていないから分からないが、想像してはいけない空間であることを本能が告げていた。行きたくはないが脱出手段を得る為に行かなければいけない場所である。
頭を抱えるユーシアに、リヴが憐れむような目でポンと肩を叩いてくる。
「どんまい」
「お前さんを盾にすれば問題ないかなって思ってるよ、今」
そんなやり取りを交わしていると、チーンという音と同時にエレベーターの動きが止まった。
ゆっくりと扉が開いていく。鋼鉄の扉に隙間が作られると、噎せ返るほどの鉄錆の臭いが鼻孔を掠めた。その臭いを嗅いだだけで気分が悪くなる。
完全に鋼鉄の扉が開かれると、
「うわ」
「僕が来た時よりも酷い状況になっていますね」
ユーシアが顔を顰める一方で、リヴは眉ひとつ変えずに言う。
エレベーターを降りた先にはカジノへ通じる入り口がある。道化師が掲げる看板には『カジノ』の文字があり、夢の舞台へと誘っているかのようだ。金属探知の機能が備わったゲートを置かれて襲撃には対策されているだろうが、この頭の螺子が外れた馬鹿野郎だらけの豪華客船に意味などない。
それら全てが真っ赤に染まっていた。金属探知機のゲートから鮮血が滴り落ち、細かな肉片がこびりついている。道化師の看板にも血が飛び散り、そういう化粧ではないかと錯覚してしまうほどだ。
鉄錆の臭いをまとうカジノ入り口に蹈鞴を踏むユーシアは、
「やだぁ、何でこんな真っ赤なカジノになっちゃってんのぉ」
「だから言ったじゃないですか、酒池肉林だって」
リヴはそっと自分の口元をレインコートの袖で覆い隠し、
「カジノにいたのが桃太郎の【OD】と桃太郎に出てくる鬼の【OD】だったんですよ。喧嘩を始めてこうなっちゃったみたいで」
「リヴ君が見た時にはすでに喧嘩を始めていた感じだったのかな?」
「そうですね。鬼の数は結構いたはずなんですが、これほど静かになっているんで共倒れか鬼の【OD】が全滅したか」
リヴは平然と血が滴り落ちる金属探知機のゲートを潜って、カジノへと足を踏み入れていく。この肉片がこびりついたゲートを潜っていくとは正気を疑いたくなるが、それしか入り口がないので仕方がない。
相棒の背中を追いかけて、ユーシアも血塗れの金属探知機ゲートを潜る。ぷんと漂う鉄錆の悪臭に吐き気を催しながらも何とか通過し、カジノの空間を目指す。鉄錆に塗れているからか、もはや金属探知の機能は有していなかった。
愛銃が収まったライフルケースに視線をやると、
「うわ最悪」
「何ですか?」
「ライフルケースに血がついたんだけど。これ頑丈だから気に入ってるのにな」
「ちょっとじゃないですか、拭けばいいでしょう」
「気分的に嫌なんだよ。お前さんだってお気に入りのフィギュアに血が垂れたら嫌じゃないの?」
「嫌ですけど、そもそもこんな場所まで持ち歩きませんよ。壊れたら嫌じゃないですか」
「正論ムカつくな」
リヴに正論で言い負かされたユーシアは、仕方なしにライフルケースへ垂れた血の汚れを手のひらで拭く。液体を弾く革製の素材で作られていてよかったのか、血の汚れはすぐに綺麗になった。
カジノの会場へ続く廊下には意味の分からない絵画も掲げられており、それら全てに血がベッタリと付着していた。廊下には首が切られたり、内臓が腹から零れ落ちたりした人間の死体が転がっており、死臭と一緒に血の臭いまで漂ってくる。常人が目の当たりにすれば3回ぐらいは吐きそうなものだ。
ユーシアは廊下の隅に転がされた死体を一瞥し、
「こんなのもあった?」
「人数が増えてますね」
リヴはしれっとそんなことを言う。
壁に追いやられた死体の数は、両手の指では足りないぐらいに転がされている。これらがカジノにいた、そして桃太郎の【OD】に討ち取られた鬼の【OD】だと想像しただけで桃太郎の【OD】の強さが証明されてしまう。相手が強かったのか、それとも鬼の【OD】がただただ弱かっただけなのか。
人数が増えているということは、リヴがこのカジノを訪れた際にはまだこれほど多くはなかったのだろう。昨日に乗船して出発したのだから、たった1日でどこまで増えたのか。
そして、ついにカジノ会場に2名の悪党が到達する。
「うわー……」
「あらまあ、大変なことになってますね」
目の前に広がるカジノの光景に、ユーシアとリヴは白目を剥きたくなった。
カジノで必要となる台座には死体が山のように積み上げられており、緑色の台座に血が染み込んでどす黒くなってしまっている。ルーレット台やスロットマシーンなんかも血でベットリと汚されている上に横倒しとなっていたりひっくり返っていたりと、このカジノでどんな死闘が行われていたのかありありと物語っていた。
無数の酒瓶が割られた状態で床の上に転がり、飲み残しが真っ赤な絨毯に染み込んで血の臭いと混ざっていた。どれも高級な酒ばかりで碌な飲み方をされていない。酒が逆に可哀想である。
吸い込む空気にすら血の臭いが混ざり込んでいるので、ここに立っているだけで気持ち悪くなってくる。ユーシアは思わず「おえ」と嗚咽を漏らした。
「酷い臭いだね」
「もう喧嘩は終わっているようですね。ほら」
リヴは足元に転がったものを拾い上げ、
「誰かの腕ですよ、シア先輩。こんなのが飛び交っていたんですから」
「こんな大きな肉の塊が飛び交っていたとか正気かな?」
「とりあえず千切っては投げ、千切っては投げと目潰しでもしたかったんじゃないですか?」
誰のものか知らない人間の腕をポイと放り捨てたリヴは、視線をカジノの奥に向ける。
つられて同じ方向に視線を投げると、そこには頭の先から爪先まで血に濡れた少年が佇んでいた。年齢はリヴよりも若干年下ぐらいだろうが、日本人は若く見られる傾向があるので本当の年齢は分からない。長く伸ばしっぱなしにされた黒髪は血に染まり、カーテンのように横顔を覆っているので顔が判別できない。
細身の身体にはシャツとジーンズという簡素な格好のみを身につけ、その手には日本刀が握られている。どれほど人間を斬りつけたのか、刀身にはベッタリと血糊が付着しており先端から血が滴っていた。革製のブーツが踏みつけるのは、首のない誰かの死体である。
その少年はユーシアとリヴの存在に気づいたらしく、
「……殺されに来たの?」
「あ、お構いなく」
「僕ら、別にアンタには微塵も興味ないので」
ユーシアとリヴは首を横に振って否定するのだが、少年は日本刀を構えてきた。戦う気であるのは目に見えていた。
「2人いても関係ない。誰がいても殺すだけ」
「血の気が多いですね」
「本当だね」
リヴはレインコートの下から注射器と一緒にナイフを取り出し、ユーシアは背負っていたライフルケースを足元に落とす。衝撃で蓋が開き、純白の狙撃銃を拾い上げた。
相手がどれほど強かろうと、邪魔をするならば殺すだけだ。邪魔者を殺してから脱出手段を探せばいいだろう。
煙草の形をした【DOF】に安物のライターで火を灯したユーシアは、注射器を首筋に突き刺すリヴに言う。
「頼んだよ、リヴ君」
「背中は任せましたよ、シア先輩」
――血に濡れた殺人会場で、悪党と殺人鬼がぶつかり合う。
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