【第6話】

 シロを連れて客室に戻ったら、ネアが思いの外興奮した。



「おともだち!!」


「ネアさん、お相手さんが怖がっているから落ち着きましょうね」



 スノウリリィに押さえられるネアは「おともだち!!」とシロの存在を大歓迎していた。


 一方のシロは人見知りをする性格なのか、ユーシアとリヴの背中に隠れて様子を伺っている。橋の下で拾われたと言っていたので、碌な目に遭わなかったのだろう。彼女の言う『お姉さん』とやらはシロにまともな交友関係を作らなかったようだ。

 そもそも交友関係を築けるような環境にいればシロも【OD】にはならなかっただろうし、橋の下で拾われたとしてもまともな格好ぐらいさせてもらえそうなものである。見ての通りボサボサの頭で見窄らしい服装をしているので、ちゃんとした教育は受けていなさそうだ。


 ユーシアは背中に隠れるシロの首根っこを掴むと、



「はい、先輩に遊んでもらいなさいね」


「ッ!?」



 問答無用で背中から引き剥がされて、興奮気味なネアの前に突き出してやる。


 シロは声なき悲鳴を上げてユーシアの背中にしがみつこうとするのだが、それより先にネアの手によって捕獲されてしまった。残念ながら精神的に見ると同い年ぐらいだから仲良くしてほしい。

 それにしても、ネアがここまで他人に興味を持つとは非常に珍しいものである。そういえば恐怖心を抱いているのは彼女の父親みたいな大人の男性のみで、子供や女性は対象に含まれないのか。


 シロに頬擦りをするネアは、



「かわいい!! ちっちゃい!!」


「あう、あうぁ……」



 頬擦りまでされるシロはネアの熱い抱擁から抜け出そうとするも、身体は成熟した18歳の少女なので華奢なシロでは体格差がありすぎる。ジタバタともがいても体力を削る一方だ。

 スノウリリィは「ネアさん、シロさんが苦しそうですよ」と注意するも、ネアは丁寧にシロのボサボサになった黒髪をブラシで梳かし始めてしまった。人形を可愛がっているような愛情か、もしくは自分に妹でも出来たものだと錯覚してくれているのか不明だ。


 ネアとシロの戯れを目の当たりにしたリヴは、両手を合わせて何故か拝み倒していた。



「ここは天国だ」


「精神的幼女とモノホンの幼女との戯れを見て拝み倒してるよ、この変態てるてる坊主」


「僕は紳士さんですが?」


「うるさいよ、変態」



 変態的なことを言い出しながらも自分自身を『紳士さん』と自称する相棒の主張をバッサリと一蹴するユーシアは、ケトルにペットボトルの水をドバドバと投入しながら言う。

 夕ご飯を食べるにはほんの少しだけ早い時間帯だが、とっととこの豪華客船からおさらばしたいので食べられる時に食べるのがベストだ。深夜には起きてもらわなければ困る。まあ、それまでに脱出手段を見つけなければお話にならないのだが。


 ユーシアは倉庫から盗んできたレトルト食品を段ボール箱から選びながら、



「ネアちゃん、今日のご飯は何にする?」


「もうごはんなの?」


「今日は夜遅くに起きてもらいたいから、早めにご飯を食べてもらいたいんだよね」


「おにーちゃんがいうならわかったよ」



 ネアは素直に頷くと、



「しろちゃん、ごはんだよ」


「あうあう」


「ネアさん、シロさんを離してあげなきゃダメですよ。お顔が真っ赤になってます」



 ネアの腕に抱かれたシロは顔を真っ赤にしてお目目ぐるぐるしていた。おそらくこんなに他人と接したことがないのだろう、混乱が限界点を突破した様子である。

 腕に抱いたシロを「あれ?」と首を傾げてネアは観察する。スノウリリィがやんわりと注意して、ようやく解放してあげなければならないことだと察知したようだ。パッとシロに自由を与えると、彼女は素早くユーシアの影に隠れてしまった。


 ユーシアは砂色のコートの内側に隠れるシロに視線をやり、



「シロちゃん、まずは今日のご飯を選んで」


「なんでもいい」


「『何でもいい』の言葉は困るの、ちゃんと選んで。あとネアちゃんは取って食おうとかしないから仲良くしなさい」


「あのこはきけん」



 シロは砂色のコートの内側で縮こまりながら、



「ふわふわすぎるもの、あたしにはもってないものをもってる」


「……あえて聞かなかったことにしておくからとっとと夕ご飯を選びなさい」


「ぎーッ!!」



 野良猫のようにしがみついてくるシロを強制的に引き剥がし、ユーシアは自分が選んだカップ麺にお湯を注ぎ入れる。3分待てば美味しいラーメンが完成する。

 ネアはすでに夕ご飯として食べるレトルト食品を選んだ様子で、パッケージには赤いご飯と赤い豆の絵が描かれていた。『赤飯』とあるのだが、トマトリゾットとは何が違うのだろうか。


 赤飯のパッケージにお湯を注いでもらったネアは、恨めしそうな視線をユーシアに向けるシロに問いかける。



「このごはん、あかいけどおいしいの?」


「たぶん。おねーちゃんがゆってた」


「おねーちゃんがいるんだ」


「もうしんじゃったけど」


「そっかあ」



 ネアも「たいへんだね」などと深く突っ込まないで応じる。子供の精神とは意外とあっさりしている。

 そこまで根掘り葉掘り聞かれなかったことに安堵したのか、シロはレトルト食品が詰め込まれた段ボール箱から食べる為のレトルト食品を選ぶ。「これはおいしそう」とか「これはおいしくなさそう」と吟味しているので、日本人らしく日本食に馴染みがあるのはありがたい。ネアも熱心にシロの拙い解説に耳を傾けていた。


 自然と距離が近くなりつつあるネアとシロの姿に、リヴが再び拝み倒していた。



「てえてえ」


「リヴ君、お前さんの夕飯は抜いてもいい?」


「ロリが一緒の空間にいるだけで栄養になるのでいらないですね」


「やばいな、早いところ正気に戻ってもらわなきゃ脱出が困難になる」



 ネアとシロというロリッ娘どもの朗らかな会話が彼の精神に多大な影響を与えているのか、リヴの変態化がますます止まらない。救いようがないのでこのまま放置しておくことにしよう。


 ユーシアは出来上がったラーメンを口に運びつつ、豪華客船の地下空間について情報を仕入れる。

 部屋に置かれたパンフレットには『カジノがある』との記述があった。カジノと言えばネアの実家であるムーンリバーホテルに立派なカジノがあったが、賭博場まで完備するとはさすがゲーム会社である。万人受けするゲームから金が動く賭け事まで多岐に渡るのか。


 地下空間に広がるカジノの記事を読んでいると、ユーリカが「なあ」とユーシアの肩を叩く。



「あの嬢ちゃん、どうするんだ? まさかそのまま殺すとかねえだろうな?」


「探し物が得意な【OD】だよ、これ以上ないほどに使える人材だからユーリさんのところで使わないかなって思って」


「流れるように俺へ押し付けてくるんかい」



 ユーリカはカップ麺の蓋をバリバリと音を立てて剥がしながら、



「まあでも、探し物が得意な【OD】ってのは興味あるな」


「花咲か爺さんの犬だって」


「ああ、ここ掘れワンワンってか」



 納得したように頷くユーリカ。どうやら彼も花咲か爺さんのおとぎ話を知っているらしい。

 彼の場合は【DOF】を調合する際にいくらかおとぎ話の知識を叩き込まれているようだ。ユーシアのあやふやな説明でも理解してくれるのは助かる。


 すでにお湯が沸いているケトルからお湯をカップ麺の容器に注ぎ入れるユーリカは、



「それだと意外と使えそうだな」


「ネアちゃんとリリィちゃんで手一杯だし、可愛がってあげてよ」


「弟子にさせよう。飯と風呂と寝床は最低限は保証できるかな、こっちは【DOF】が世の中に流通しなくても魔法のお薬でいくらか生計を立てられるし」


「さすがユーリさん、俺らとは違うね」



 シロの預け先も決まったところで、ユーシアは「ユーリさんさぁ」と口を開く。



「地下のカジノには行ったことある?」


「カジノじゃねえよ、あんなとこ」


「え?」



 爆弾の情報を仕入れてきたのもユーリカなので地下空間への出入りを聞いた途端、彼の機嫌が急降下した。言動にも棘が出てきた。


 ユーシアが訳も分からず首を傾げると、同調するようにリヴも「確かにカジノではないですね」と頷く。パンフレットを見る限りではカジノとあるのだが、実際に目で確かめてきた人物が真逆の意見を出してきて情報が錯綜する。

 いくらか正気を取り戻したらしいリヴが量の減ったケトルに新たな水を足しながら、自分用のレトルト食品を用意する。トマトリゾットと銘打たれたパッケージの封を切りながら、相棒はいつもの淡々とした調子で言う。



「例えるならパーティーですね、殺人パーティー」


「ええ……?」


「案内しますので、行ってみれば分かりますよ」



 相棒のいつもの殺意高めの例えかと思って、ユーシアはひたすら疑問符を頭の上に浮かべるしかなかった。

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