【第3話】

 さて、あの連続強姦殺人鬼の部屋の前までやってきた。



「開けていい?」


「どうぞ」



 レインコートの裾からチェーンソーを滑り落とした相棒の姿を確認してから、ユーシアは自分と同じ異能力を持った連続強姦殺人鬼が使っていた客室の扉を開ける。

 呆気なく鍵は開き、蝶番が軋む音を立てながら扉が開く。ほんの僅かに開いた隙間から噎せ返るような鮮血の臭いが漂ってきて、思わず顔を顰めてしまった。やはり連続強姦殺人鬼と呼ばれるだけあって、この無法地帯でも何人か殺害していたようだ。


 意を決して扉を開くと、目の前がどす黒く染まっていた。



「うわ」


「これは酷いですね」



 顔を引き攣らせるユーシアとは対照的に、リヴはまるで他人事のように言う。


 部屋に入ってすぐの廊下にも真っ赤な血が染み込んでおり、室内の絨毯をどす黒く汚していた。壁にも赤い液体がベッタリと付着しているので、それはもう好き放題にやらかしたのだろう。

 浴室の扉が開きっぱなしになっているので試しに覗き込んでみると、全裸の女がぐったりした様子で真っ赤な風呂に浸かっていた。薄い腹は刃物か何かで引き裂かれており、その内側に秘められているべきものが垣間見えてしまっている。それだけの怪我があれば、もう目覚めることはない。


 ユーシアは浴槽で死んだ女を一瞥し、



「乗客にあんな女の人なんていたんだね」


「興味はありませんが」


「まあ、この船に乗ってるのって【OD】だけだしね。どんな異能力をもっているのかなんて興味はないけどさ」



 名前の知らない女が死んでいる様を目の当たりにして、微塵も心が揺り動かされないユーシアとリヴである。別に他人が死んでいようがどうでもいいのだ。

 6日後にはドカンと大爆発で弔われ、そのまま死体も残らず海の藻屑となる運命である。海の底に沈んでせいぜい魚の餌にでもなるのがオチだ。


 浴槽の女を無視してユーシアとリヴは部屋の奥に足を踏み入れ、



「うわあ……」


「結構なパーティー会場ですねぇ」


「リヴ君、さっきから楽しんでるでしょ」


「実は結構。シア先輩もワクワクしてるんじゃないですか?」


「ホラー映画は好きだしスプラッタ系も平気だけどさぁ、血の臭いがあんまり好きじゃないんだよねオエ」



 ユーシアは部屋の中を充満する血の臭いに顔を顰める。


 薄暗い客室は、端から端まで真っ赤に染められていた。ベッドでは女性が2名ほど寝転がっており、2人とも全裸の状態で放置されている。腹は裂かれ、胸は削られ、顔には殴られた痕跡まで確認できた。

 真っ赤な血に混ざるようにして、白濁とした液体まで女性の身体に散らされている。何が起きたのか想像したくないが、連続強姦殺人鬼なので『強姦』の部分が表れているのだろう。本当に見たくないので止めてほしい。


 頭を抱えたユーシアは、



「止めてよ、俺そもそも狙撃手やってるのだって死体を間近で見る手間がないからなのに」


「そんな理由なんですか? 弾丸で他人の眉間をバカスカ撃ってるのに」


「割と不純な動機だよ。死体処理とかやらないでしょ」


「そうですね、大抵僕にぶん投げてきますよね」


「面倒なんだよね、あと血の臭いが本当に嫌」


「ああ、だから眠り姫の異能力が獲得できたんですかね。撃っても相手は傷つかないから血も流れない」



 リヴはケロッとした様子で血に塗れた部屋を歩き回る。

 何か脱出の手がかりとなるようなものを探している様子だが、この血塗れの部屋で見つかるものといえば臓物ぐらいである。彼はベッドに転がる女性の死体を観察してみたり、死体を蹴り落としてベッドにないかと探ってみてはいるのだが、変化は何もない。


 ユーシアは「おえ」と嗚咽を漏らしつつ、



「リヴ君、俺ちょっと【DOF】を吸っていいかな?」


「仕方ないですね、狂われても嫌なんでいいですよ」


「ありがとう、優しいね」


「僕はいつでも慈悲の心に溢れた紳士さんなので」


「俺のコーヒーにユーリさんの作った魔法のお薬をぶち込んで飲ませようとした阿呆が何か言ってら」



 ユーシアはリヴの発言を軽く笑い飛ばしてから、一旦部屋の外に出る。


 煙草の形をした【DOF】を口に咥え、安物のライターで火を灯して紫煙を燻らせる。肺いっぱいに【DOF】の煙を取り込めば、血の臭いで酔いそうになっていた気分が晴れるような気がした。

 さてまあ、これからどうするべきだろうか。部屋の中には碌なヒントがないので、もう1つの鍵へと向かうべきだろう。ただ、もう1つの鍵とやらの場所が皆目見当もつかないのだが。


 今後の方針を考えていると、ユーシアの耳にペタという足音が聞こえてきた。



「おじちゃん」



 ふと視線をやれば、やたらぶかぶかのシャツ1枚だけを羽織った幼女がユーシアを見上げていた。

 ボサボサの髪にギョロギョロとした大きな瞳、シャツの袖や裾から伸びる手足は華奢を通り越して枯れ枝のように痩せ細っている。身長から判断して10歳未満と言ったところだろうが、この豪華客船に乗っている時点で年齢など当てにはならない。


 ユーシアは痩せぎすな幼女の前に膝を折ると、



「どうしたの?」


「このへやに、おねえちゃんをみなかった? あたしのおねえちゃんなの」


「お姉ちゃん?」



 ユーシアは首を傾げる。

 部屋の中にいたのは女性の死体が3つ分である。そのどれかがこの幼女のお姉ちゃんに該当するのだろうが、名前まで分からないので簡単には頷けない。


 幼女はシャツを掴み、俯いたままボソボソと喋る。



「おねえちゃん、きのうからおでかけしたの。そのへやのひととおはなしするんだっていってた」


「そうなんだ。でも残念だけど、お前さんのお姉さんは死んでるかもね」



 ユーシアは【DOF】を吸いつつ、開けっぱなしにされた真っ赤な部屋を示す。



「だってこの部屋にいるのは死体ばかりだ。きっとお前さんのお姉さんは、この部屋に泊まっていた人に殺されているだろうね」


「そう……」



 少女は沈んだ表情で応じる。


 この豪華客船に乗ったということは彼女も【OD】なのだろうが、こんな幼い少女にも【DOF】を投与するとは世の中も世知辛くなったものだ。そんな状況に至る理由が理解できない。

 もしかしたら、本当に【OD】ではなく騙されただけかもしれない。そんな可能性だって考えられるが、世の中は何が起きるか分からないのだ。


 ユーシアは少し考えてから、



「お前さん、他の人とは違う才能とかあったりする?」


「さいのう?」


「毎日お薬を飲んでいたら不思議な力が使えるようになっちゃったとかない? あったらおじさんに教えてほしいんだけど」


「わかんないけど、ものさがしはとくいだよ。おくすりじゃないけど、おねえちゃんのすーぷはまいにちのんでた」



 少女は「たぶん、さがせるよ」と言う。


 お姉ちゃんのスープとやらが【DOF】とするならば、彼女もまた立派な【OD】だろう。可哀想に、スープを飲まなければ頭がおかしくなってしまうようにされてしまったのだ。

 それにしても、物探しが得意とは一体どういうことだろうか。警察犬みたいな役割を果たせるのだとしたら、この血の臭いが充満する部屋でも十分に発揮できたら凄いことである。


 ユーシアは少女に何の番号も振られていない鍵を見せると、



「おじさん、この鍵がどこの鍵なのか知りたいんだ。この部屋に何かお手紙みたいなのはない?」


「さがしてみるね」



 少女はユーシアの手に握られた番号の振られていない鍵の匂いを嗅いでから、部屋の中に堂々と足を踏み入れていく。遅れて「ぎゃッ」というリヴの悲鳴が聞こえてきた。

 どうやら熱心に手がかりを探していた様子で、ユーシアが幼女と会話をしていることに気がつかなかったようだ。幼女と入れ替わるようにリヴが慌てた様子で飛び出してくる。


 リヴはユーシアを睨みつけると、



「あの儚げ系幼女は誰ですか!?」


「さっき会った。何かお姉さんがこの部屋にいるんだって」


「そういうことはちゃんと言ってくださいよ!! 驚くじゃないですか!!」


「熱心に探し物をしていたみたいだから」



 リヴにガックンガックンと上下左右に振り回されるユーシアは、



「探し物が得意だって言うし、いいじゃん。探してもらおうよ、何かを」


「僕は紳士さんなんだからロリにはせめて幸せになってもらいたいんですよあばばばばば」


「何で壊れるかな、ここで」



 頭がおかしくなってしまった相棒を「どう、どう」と落ち着けさせると、早速何かを見つけたらしい幼女が血塗れの部屋から戻ってくる。

 彼女の手に握られていたのは、真っ赤に染まった手紙みたいなものである。ベットリと血が付着しているものの、中身が読めないことはないを


 幼女はユーシアに手紙を差し出し、



「もってきたよ」


「ありがとう、お嬢さん」



 ユーシアは幼女から手紙を受け取ると、



「お姉さんは見つかった?」


「しんでた」


「そっか、じゃあ一緒に来るかい? お姉さんの代わりにはなれないけど、お前さんを1人にはさせないよ」


「うん」



 幼女はユーシアの砂色のコートを掴むと、



「あたし、おじちゃんといっしょにいっていい?」


「お姉さんはいいの?」


「しんでたからいい」


「意外とサッパリしてるのね、お前さんは」



 ユーシアは幼女から受け取った手紙をリヴに渡す。それから笑顔で、



「そんな訳で、この子が愉快な仲間たちに入ります」


「紳士を殺す気かちくしょう!?」


「そんなそんな、お前さんの強靭な精神が負ける訳ないでしょ」


「絶対に楽しんでますよね!?」



 ボコスカと殴ってくる相棒の拳を、ユーシアはヘラヘラと笑いながら受け止める。幼女の手前、意外と力が入っていなかった。

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