【第4話】

「ところで、この紙には何て書いてあるのかな」



 真っ赤に染まった手紙を封筒から取り出すも、やはり中身も真っ赤に染まっていたので頭を抱えざるを得なかった。


 かろうじて文字が書かれていることだけは認識できるのだが、インクが滲んでいてよく読めない。読めたとしても日本語なので、残念ながら日本語があまり堪能ではないユーシアには解読すら出来ない。

 試しにユーシアは優秀な相棒に、血染めの手紙を渡してみる。勝手に幼女を仲間にしたことでいじけ中だったリヴは、仕方なしにユーシアが広げた手紙に視線を走らせた。


 それから数秒、



「『幽霊船は絶海を進む』とありますね。さらに小さく『降りる方はこちら』とも」


「さすがだね、リヴ君」


「インクが滲んでいて読みにくいですが、まあもっと汚い字とかありますからね。ミミズがのたうち回ったような汚い文字とか」



 リヴは「筆記体はまだマシですけど」と呟く。


 幽霊船ということは、AIで自動制御されたこの豪華客船のことを言っているのか。確かに誰もいないのに自動で舵輪が動いている様は、まさに幽霊が操作していると言っても過言ではない。幽霊船という表現はあながち間違いではなさそうだ。

 さらに『降りる方はこちら』とあるのならば、脱出手段はこの操縦室にあることだろう。わざわざ脱出手段まで提示してやるとは何と親切設計だろうか。憎き孫の仇が悠々と脱出したところで殺害する予定だったのだろう。


 まあ、それより先にユーシアが殺してしまったのだが。残念ながらゲーム会社の会長の悲願は果たせずに終わった。



「じゃあ操縦室ってところに行けば脱出手段が用意されていると見ていいのかな?」


「おそらくはそうでしょうね。行ってみる価値はあると思います」


「うん、じゃあ行こうか。他の連中に勘付かれて脱出手段がなくなるのは嫌だし」



 ユーシアは早速操縦室に向かおうとするのだが、誰かに砂色のコートを引っ張られる。


 視線を足元にやると、痩せぎすの幼女が落ち窪んだ目でユーシアを見上げていた。

 そういえば彼女の存在をすっかり忘れていた。年端もいかない【OD】の幼女を仲間にしたのだ、探し物が得意と主張する彼女の異能力は間違いなく有用である。


 ボサボサの頭を撫でてやったユーシアは、



「お前さん、名前は?」


「シロ」


「シロちゃん? 随分と投げやりな名前だね」


「ひろわれたから」



 シロと自ら名乗った幼女は、



「はしのしたでひろわれたの。おねえちゃんがなまえをつけてくれたんだ」


「名前の由来は聞いたかい?」


「あたしのいのーりょくが、はなさかじーさんのいぬだったから」



 花咲か爺さんと言われても、ユーシアにはどんなおとぎ話なのか皆目見当もつかない。お綺麗なおとぎ話ではないことは確かだ。



「リヴ君、知ってる?」


「ここ掘れワンワンで財宝を引き当てた犬の名前ですね。だから探し物が得意なのではないかと」



 助けを求めるようにリヴへ問い掛ければ、あっさりと答えが返ってきた。やはり日本のおとぎ話だったようだ。

 それにしても便利な異能力である。『ここ掘れワンワン』で目的のものを探してくれるとは色々な場面に使える。だから彼女のお姉さんとやらも幼女を生かしておいたのだろう。


 こんな痩せぎすだったらいつ死んでもおかしくないが、そうなったら【DOF】でおとぎ話異能力ガチャを回すだけだ。目的の異能力を引くまで【OD】を量産することだろう。



「おじちゃん、あたしはなにをすればいいの?」


「じゃあ操縦室まで案内してくれる?」


「いいよ」



 シロはコクンと頷くと、空気中の匂いを嗅ぐ。別に匂いを嗅いでも血の臭いしかしないので、彼女にしか分からない何かがあるのか。

 くんくんと周囲の匂いを嗅いでから、迷いなく幼女は歩き始める。ペタペタと豪華客船の絨毯を踏む足は寒そうだが、そんなことは微塵も感じさせない堂々とした足取りである。


 リヴはユーシアの砂色のコートを引っ張ると、



「シア先輩、本当にあの子を連れて行く気ですか」


「あの小ささなら入るでしょ。あと別にシロちゃんはユーリさんに押し付ければいいかなって」


「便利ですね」


「あの能力も便利だから、きっと上手く使ってくれるよ」



 花咲か爺さんに登場する犬の能力なんて、使いどころ満載なのだから引くて数多だろう。下手すれば他の【OD】に誘拐されかねない。

 保護してしまえばこちらのものである。何と運が良かったのだろう。ユーシアとリヴで引き受けてもいいのだが、彼女の異能力を使って格安で【DOF】を調合してもらうのもいいかもしれない。


 ユーシアはリヴの首根っこを掴み、



「ほら紳士さん、行くよ」


「待ってシア先輩、幼女を僕の前に出さないでください。イエスロリータ、ノータッチなんて言葉を知らないんですか」


「知らないね」


「ちくしょう、日本の文化ァ!!」



 未だぐちぐちと文句を叫ぶリヴが鬱陶しいので、ユーシアは相棒を荷物のように引き摺りながらシロの背中を追いかけるのだった。



 ☆



 いくつかのエレベーターを経由して、豪華客船内とは程遠い場所までやってきた。


 豪華なシャンデリアの照明がぶら下がる天井は蛍光灯がチカチカと瞬くだけの温かみが全く感じられないものとなり、壁も色が抜け落ちて無機質な見た目となっている。床も絨毯がいつのまにか途切れて冷たさが伝わってきて、歩くたびにコツコツと音が響き渡る。

 シロは床の冷たさなど意にも介さず、ペタペタと裸足で歩き続ける。ここまで来るのにぶかぶかのシャツ1枚だけの状態である。扇状的という印象より同情が先に湧き出てしまう。


 リヴはふと周囲を見渡し、



「監視カメラがそこかしこにありますね」


「あるね」



 ユーシアも同じように周囲へ視線を巡らせる。


 天井からドーム状の監視カメラにはチカチカと緑色の光を明滅させており、安全に起動中であることを告げてくる。どこかにユーシアとリヴの映像が送り届けられているだろう。

 送り届けられている先として予想できる場所は、この【OD】だらけのパーティーを計画したゲーム会社の会長のところか。ユーシアとリヴをこの豪華客船に乗せた張本人であるミヤビ・クロオミも見ているかもしれない。


 ピースサインを見せるユーシアは、



「リヴ君、ここは挑発しておこう。ぴーすぴーす」


「シア先輩、ピースサインなんて今時古いですよ。トレンドは中指を立ててやることです」


「安直すぎない? それならピースサインで余裕の態度でしょ」


「では間を取って指ハートですね。レインコートからきゅんです」


「それお前さんみたいな若い子がやるから似合うのであって、俺みたいなおっさんがやっても映えないでしょ」


「シア先輩が指ハートをやり始めたらそのハートをいただきます。食べます」


「食べないでよ、俺の指」



 ユーシアは砂色のコートに手を突っ込んで隠す。そんなことはないと信じたいのだが、リヴなら本当にユーシアの指を食いかねない。

 監視カメラに対する挑発行動も済ませたところで、ついにシロが足を止めた。「ここだよ」とシロが指を差して言う。


 彼女が示した先には、薄暗い不気味な部屋が待っていた。扉に埋め込まれた窓から室内を確認すると、様々な機械が隙間なく設置されている。舵輪らしきものは自動的に回っており、あれが豪華客船を制御しているようだ。



「シロちゃん、さすがだね」


「これぐらいべつに」


「ご褒美にラムネをあげよう、ラムネ。美味しくないだろうけど」



 そう言ってユーシアが取り出したものは、緊急時用に使う【DOF】の錠剤だった。ザラザラと手に少量を落とすと、シロの小さな手のひらに握らせる。

 錠剤型の【DOF】は珍しいのか、シロはパチパチと目を瞬かせてから錠剤を口に運ぶ。水がなくても摂取できるものなので、もはや【OD】にとってはラムネみたいなものだ。


 ユーシアはあの連続強姦殺人鬼から盗んできた鍵を取り出し、



「宝探しと行こうか、リヴ君」


「ですね」



 鍵穴に鍵を差し込んだユーシアは、操縦室の鍵を解くのだった。



 ――ガチャン。

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