【第2話】
「おいふざけんなよ!! こんなのフェアじゃねえよ!!」
「世の中が平等だったことって一度でもある? ないでしょ」
純白の狙撃銃を構えたユーシアは、男の眉間を撃ち抜いた。
眠り姫の【OD】であるユーシアの弾丸は誰も傷つけず、永遠の眠りへと誘う。どこを撃っても同じ結果をもたらすのであれば、最初から致命傷になる場所を選んだ方が狙撃手らしい。
だから今回も同じ結果がユーシアに提示されると思っていたのだ。弾丸で眉間を撃ち抜かれた男は傷ひとつない代わりに永遠の眠りの世界へと引き摺り込まれて、そのまま海に捨てられて絶命するのがオチだと想定していたのだ。
想定外だったのは、ユーシアの撃った弾丸が的確に男の眉間を撃ち抜いたことである。弾丸が男の頭蓋骨を貫通し、真っ赤な血を静かに流して男は仰向けに倒れる。
「…………あれ?」
ユーシアは純白の狙撃銃を下ろして首を傾げた。
久しく自分の弾丸で誰かを殺すような真似が出来ていなかったので、これには驚きが隠せなかった。何が起きたのか分からず、とりあえず男の死んだ瞬間が【DOF】の見せる幻覚ではないことを確かめる為に黒い煙草を咥えて火を灯す。
美味しくもなければ不味くもない煙を肺いっぱいに取り込むのだが、やはり目の前で倒れた男の死体は幻覚ではないようだ。眉間に風穴が開き、瞳孔ガン開きの状態でお亡くなりになっている。
眠り姫の【OD】は撃った相手を眠らせる異能力のはずだ。ユーシアの弾丸は誰も傷つけず、たとえ致命傷になる眉間を撃っても傷はつかない。経験上、そう自信を持って言える。
「何で?」
疑問で脳内が溢れ返るユーシアの耳に『おにいちゃん、でんわだよ!!』という甲高い声が聞こえてくる。
聞き覚えのある声だと思えば、ネアの声だ。いつのまにか外に出てしまったのかと肝が冷えたが、周囲を見渡しても金髪の少女の姿は確認できない。そういえば懐が異様にブルブルと震えていた。
取り出すと、それは自分の携帯電話だった。画面に表示されている相手は、ユーシアの頼れる相棒である。どうやらまた着信音を変えられたようだ。
「リヴ君」
『銃声が聞こえましたが、部屋の外に出ていいですか?』
「まあ、いいよ。リヴ君だけね」
『分かりました』
電話はすぐに切れ、ややあってから客室の扉が控えめに開かれる。
僅かに開かれた隙間から顔を覗かせて、リヴが廊下の状況を窺ってきた。今しがた死んだユーシアと同じ眠り姫の【OD】である男以外には存在しない、漂う硝煙の臭いで発砲するような事件があったことが連想できた。
リヴはユーシアに視線をやると、
「死にました?」
「見てごらんよ」
ユーシアが仰向けで倒れる男の死体を示すと、リヴはその言葉に従って男の死体の状態を確認する。
「あれ、眉間に穴が開いてますね。シア先輩ですか?」
「そうだよ」
「【DOF】が切れました?」
「切れてない。正気の状態で傷つけたんだよ、久々すぎる」
ユーシアは【DOF】を吹かしながら応じる。
この【DOF】に手を出してから、ユーシアは誰も傷つけない狙撃手になってしまった。撃った弾丸は殺傷の意味をなくし、代わりに相手を眠りの世界へと誘う道具となる。
もしユーシアが誰かを傷つける場合は、【DOF】が切れたことに対する暴走状態ぐらいだ。【DOF】が切れると自然と眠り姫の【OD】の異能力も失われるので、その時だけはユーシアも本来の狙撃手に戻ることが出来る。
それなのに、今の状態は通常だ。【DOF】を吸っているので誰かを傷つけることは出来ないのに、何故こうなってしまったのか。
「部屋の前で何してんだ?」
「あ、ユーリさん」
「こんばんは」
ちょうどそこに大荷物を携えたユーリカがやってきた。今までどこかに行っていたのか、リュックサックから緑色の葉っぱが飛び出てくるまでパンパンに荷物が詰め込まれている。
ユーリカの黒曜石の双眸が、廊下で仰向けに倒れる男の姿を映し出す。何度か瞬きを繰り返して、ようやく現実を認識したようにポンと手を叩いた。
彼が導き出した結論は、
「ああ、もしかして同じ異能力持ちだった?」
「そうだけど」
「同じ異能力を持っている【OD】だと効かないんだよな。互いの異能力が競合しあって打ち消されるんだよ」
ユーリカは「まあ、珍しい光景だけどな」と付け加える。
それは納得できる展開だった。
相手も眠り姫の【OD】であり、弾丸を撃つ為の何か装備品を持っていたのかもしれない。それを取り出されたら、ユーシアは単独での勝ち目がいくらか下がると思う。
「ユーシアよ、もしかして眠り姫の【OD】は銃火器必須だと思ってる?」
「うん」
「そうじゃないんですか?」
ユーシアの他にリヴも眠り姫の【OD】には銃火器が必須であると思い込んでいたようだ。実際、彼の周りには眠り姫の【OD】などユーシアぐらいのものなので比較対象がなかったのだ。
「眠り姫の【OD】は特定の人物を眠らせるんだよ。銃火器必須じゃねえな」
「特定の人物って何?」
「ユーシアの場合は狙撃手らしく『撃った相手』だろうな。この男の発動条件は分からないけど、まあ何らかの方法で異能力を発動させることは出来る」
「今まで銃火器が必須の異能力だと思っていたよ」
どうやら【DOF】がもたらしてくれた【OD】の異能力が、ユーシアの都合のいいように作り替えられたようだ。
今まで同じ異能力を持った【OD】に遭遇するなんてことはなかったので、異能力が効果を打ち消し合うということも初体験だ。長いこと【OD】をやっているが、世界中に【DOF】が流行したことで知ることもあるようだ。
ユーリカは眉間に風穴を開けられて死んだ男を示して、
「で、誰こいつ? そこの坊ちゃんの知り合い?」
「殺しますよ」
「怖いな、冗談だってのに」
「僕にその手の冗談は通用しないと思ってくださいね」
ユーリカの冗談に、リヴがレインコートの袖から自動拳銃を滑り落として威嚇する。下手をすれば漲る殺意のままに殺してしまいそうだ。
死んだ男の側に膝をついたユーシアは、彼の懐に手を突っ込む。目的はもちろん、客室の鍵だ。
性格の悪いパーティーを主催してくれたことだ、どうせこの犯人に逃げる手段でも与えていそうなものである。連続強姦殺人事件に巻き込まれた犯人が苦しむ様を見たいと願いそうなものだ。
金属めいた感触が指先に触れ、引っ張り出すと目論見通り鍵だった。ただし金具に2つの鍵がまとめられている状態である。
1つは客室の鍵らしく番号が振られているが、もう1つはポチが持っていたものと同じ何も書かれていない鍵である。どこかの倉庫の鍵だろうか。
ユーシアはリヴに鍵を見せると、
「どうやら同じフロアだったようだね」
「外に出た時に目をつけられていたんでしょうか」
リヴはユーシアから鍵を受け取ると、
「もう1つはどこでしょうね」
「さあね、でも重要そうな鍵ではありそう」
「シア先輩が殺すから聞けないじゃないですか」
「だって死ぬとは思わなかったんだもん」
ユーシアは純白の狙撃銃をライフルケースへ丁寧にしまい、いつものように背負い直す。
鍵があるなら行ってみる価値はありそうだ。どうせ夕食の調達もしなければならないから、そのついでに客室を覗いてみるのもありかもしれない。
こんな頭の螺子が外れた野郎の部屋に価値あるものがあるとは考えにくいが、行かなくてタイムリミットが訪れるよりも行った方がいい。何かしらの行動をしなければ脱出手段が見つからないのだ。
「じゃあリヴ君、俺とデートに行こうか」
「素敵な誘い文句ですね、お供しますよ」
「あ、ユーリさんはネアちゃんとリリィちゃんをお願いね」
「はいよ、もう慣れたわお前らの無茶振りなんか」
ひらひらと手を振って応じるユーリカにネアとスノウリリィの護衛を任せ、ユーシアとリヴは手に入れた鍵が示す客室に向かうのだった。
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