航海2日目後半:豪華客船の殺戮饗宴
【第1話】
「もし本当にシア先輩以外の眠り姫がいたら殺して内臓を引き摺り出してやる……!!」
親指程度の身長に縮んだリヴは、ダクトの中を駆け回って客室を目指していた。
連続強姦殺人事件の犯人がもし豪華客船内にいたとすれば、ネアとスノウリリィの危機である。一応はユーリカも客室に護衛として置いているのだが、彼が護衛として役に立つのか微妙なところである。
やはりここはリヴか、ユーシアがぶっ殺してやるしかない。そうすれば豪華客船内の平穏も保たれる。「汚物は消毒だァ!!」というどこかで聞いたことのあるような台詞が脳裏をよぎった。
「あった、あそこ!!」
ようやく目的地である客室に設けられたダクトに飛び込み、リヴは客室への帰還を果たす。客室の床に着地すると同時に異能力を解除して、元の身長に戻った。
素早く部屋を見渡して状況を確認する。やけに静かだ。まさかもう殺されたあとだと言うのか。
リヴは部屋全体に視線を巡らせて、
「…………」
「…………え?」
思わず、自分の口からそんな言葉が漏れてしまった。
リヴの背後に立っていたのはスノウリリィである。特に怪我をした様子は見られず至って健康的な状態だ。眠り姫の【OD】である連続強姦殺人事件の犯人が残した跡は見たところない。
何故そんなことが分かるのか。リヴが優秀な諜報官だから見ただけで分かるとかそういう訳ではない。もっと単純な理由だ。
服を着ていなかったのだ、スノウリリィは。
「風呂上がり……?」
スノウリリィの身体を上から下まで観察するリヴ。
彼女の銀髪はしっとりと濡れており、お風呂上がりなのか白磁の肌も赤みが差して健康的である。水気を纏った身体を丁寧にバスタオルで拭いており、その手には持ち込むことを忘れただろう小さくて可愛らしい布の塊が握られていた。
つまり、今まで彼女はお風呂に入っていたから連絡が取れなかったのだ。携帯電話を水場に持ち込めば故障の原因にもなりかねない、ということをよく理解しているご様子であるちくしょうめが。
「ひッ、きゃああああああああああ!?」
「うるさッ」
唐突に悲鳴を上げたスノウリリィは、近くにあった灰皿を掴むとリヴめがけて投げつけてくる。
放物線を描く灰皿。ユーシアが吸っただろう【DOF】の残骸を撒き散らしながらリヴの鳩尾を狙ってくるので、それを華麗に回避する。重たい灰皿はやけに重量感のあるゴトンという音を立てて床に叩きつけられた。
スノウリリィはティッシュボックス、ヘアブラシ、アメニティが入っていただろう陶器製の器など重量のあるものを次々とリヴに投げつけてくる。恥ずかしさのあまりに走った暴行だ、まあ理由は分かる。
「何してるんですか!! 何見てるんですか!!!!」
「不可抗力ですよ」
顔の軌道を正確に捉えて投げつけられた綿棒の箱を受け止めたリヴは、顔どころか全体的に真っ赤に染まったスノウリリィに言う。
「というかアンタ、元娼婦でしょう。これぐらい経験はないんですか」
「ありませんよ!!!!」
「え、冗談ですよね? 娼婦でしょう、春を売っていたんでしょう?」
「確かに娼館へ連れて行かれましたが、水揚げはまだでした!! する前にネアさんのメイドさんになりましたからね!!」
スノウリリィはやけくそ気味に叫ぶと、
「リヴさんは私に何か言うことはないんですか!?」
「意外といい身体してますよね。趣味ではないですが」
「そうじゃない!! そうじゃない!!!!」
金切り声で叫ぶスノウリリィは、バスタオルで自分の身体を隠す。隠すのが遅すぎて今更感はあるのだが、まだ隠すという理性が働いたようだ。
成熟し切った女体など、残念ながらリヴの趣味ではないのだ。リヴは根っからの『紳士さん(意味深)』なので、可愛らしい女児にしか食指がそそられない訳である。
精神的にも肉体的にも大人になったスノウリリィは、リヴの性癖範疇外だ。全裸を見せつけられても全然興味が湧かないし、むしろ「引っ込め、2つの意味で」と言い放つ。とっとと風呂場に引っ込んでほしいものだ。
リヴは深々とため息を吐くと、
「やなもの見たな、帰ってくるんじゃなかったです」
「私の裸を見ておいて何言ってるんですか、貴方」
「大人の女に興味はないですね。ネアちゃんならまだしも」
「よんだー?」
不意に風呂場から声が聞こえてきた。
風呂場の扉が内側から開き、濡れた金髪を拭かずにネアが顔を覗かせる。それから「りりぃちゃん、ねあのぱんつあった?」とスノウリリィに聞いていた。
その会話の内容から判断して、スノウリリィが全裸で風呂場の外に出た理由を察する。ネアが下着を忘れてしまったから、スノウリリィが急いで取りに来たのだろう。そして運悪くリヴがダクトから部屋に帰還してきたので、バッタリ遭遇してしまったという訳だろう。
というか、問題はネアである。
今まで風呂に入っていたという情報は紛れもなく本物であり、スノウリリィと一緒にネアも全体的に濡れている。こちらはスノウリリィと違うて『隠す』という概念が頭にはなく、生まれたままの状態を堂々と晒していた。
白磁の肌を伝い落ちるお湯の滴も、水気を孕んだ綺麗な金髪も、あれやそれも色々と見えてしまっている。中身が幼い子供まで後退してしまっているので、リヴからすれば立派なロリッ娘認定だ。全体的にダメだ、色々と。
リヴは自分の親指を立てると、
「セルフ目潰し!!」
「自分で自分の目を刺した!? 何してるんですかリヴさん!!」
「必要な犠牲です!!」
自分で自分に目潰しを食らわせたリヴは、ゴロゴロと床を転がって部屋の隅に避難する。紳士さんを自称するロリコンには酷すぎる光景だ。
だが、ネアとスノウリリィが無事だったことは幸いだ。眠り姫の【OD】が襲撃していたらと考えただけで血の気が引いたので、無事を確認できただけでもありがたい。
風呂場に引き返していくネアとスノウリリィのやり取りを聞きながら、リヴは携帯電話を取り出す。目潰しから視界が回復しつつあり、覚束ない指使いで操作して相棒の番号を呼び出した。
3回の呼び出し音を経て、相手は通話に応じる。
『どうだった、リヴ君?』
「ええ、無事でしたよ。僕の眼球は無事ではすみませんでしたが」
『何が起きたの』
「いやあ、まあ色々と」
リヴは「そんなことより」と話題を切り替え、
「シア先輩はどちらに? 無事が確認できたので迎えに行きますか?」
『部屋の前まで来てるよ、入れないけど』
「?」
意味の分からないことを言い出す相棒に、リヴは首を傾げる。
「鍵なら開けますか? それともなくしました?」
『リヴ君』
電話の向こうにいる相棒は、やたら真剣な声で言う。
『絶対に外に出てきちゃダメだよ』
☆
「絶対に外に出てきちゃダメだよ」
そう言い残して、ユーシアは通話を切った。
相棒の真っ黒てるてる坊主を先に行かせておいてよかったかもしれない。先に行かせないと、きっと目の前にいる人物の異能力が適用されてしまう。
どんな相手でも眠らせる異能力は意外と恐ろしいものだ。なおかつ、眠らせた相手はキスをしない限り目覚めることはない。何でもやり放題だから強姦殺人事件が成立するのだ。
ユーシアは煙草の形をした【DOF】を咥えると、
「お客さん、俺んとこの客室前に張り付いて何してるの?」
「…………」
ユーシアたちが寝泊まりする客室の前に、やつれた顔の男が張り付いていた。
全体的にもやしの如くヒョロヒョロと痩せ細っており、頬は痩せこけて骸骨のようである。なのに眼球だけは血走ってギョロギョロと忙しなく蠢いており、ユーシアとは全く視線が合わないのがおかしなところである。脂ぎった髪の毛はボサボサで、頭頂部の髪が薄くなってきていた。
その男の手は、客室の扉にかけられている。ドアノブをガチャガチャと揺らしていたようだが、幸いにも室内のネアやスノウリリィには聞こえていなかった様子だ。
「悪いけどさ、死んでくれるかな」
「はは、お前こそ誰に物を言ってんだあぁ?」
ガタガタに並んだ歯を剥き出しにして笑う男は、
「俺は【OD】だぞ」
「知ってるよ」
「それに眠り姫だ、どんな相手だって眠らされられる。お前だって眠らせられるぞ」
「それも知ってるよ」
ユーシアは背負っていたライフルケースを足元に置き、中から純白の狙撃銃を取り出す。
自慢げに話すことではない。頭のおかしな薬に手を出した時点でもう真っ当な存在ではないのだ。それに、眠り姫の年季はユーシアの方が上である。
純白の狙撃銃を構えるユーシアに、男は唾を飛ばしながら叫んだ。
「銃は反則だろ!? こっちは丸腰なんだぞ!?」
「はは、おかしなことを言うね」
ユーシアは銃火器の存在を反則だと宣う男を笑い飛ばし、
「【OD】に反則なんて言葉が通用すると思う?」
そんな言葉が通用すれば、この世の【OD】は随分と礼儀正しくなっていることだろう。
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