【第10話】

 目的の倉庫は真鍮製の鍵で呆気なく開いてしまった。



「中に人は?」


「いませんね」



 扉にピタリと張り付いたリヴが、倉庫内の様子を探る。


 中に人がいないのであれば都合がいい。遠慮なく荒らすことが出来る。

 まあ当然だが、倉庫内に人がいようがいないがユーシアとリヴには関係のない話である。人質がいても殺害している所存だ。


 倉庫の扉をゆっくりと開ければ、壁一面に何か紙のようなものが貼ってある光景が確認できた。



「凄いな、これ」


「ですね」



 狭い倉庫内とは言っても、倉庫らしい調度品はない。棚もなければ備蓄品もなく、ただの部屋と形容した方がいいだろう。

 ただし、壁一面には写真が隙間なく貼り付けられていた。壁だけではない、天井や床など写真を貼り付けられる場所には全て写真で埋め尽くされている。どれもこれも人間の写真で、目線が合っていないので隠し撮りされた状態のものだろう。


 半開きにした扉から部屋を覗き込むユーシアとリヴは、そのあまりにも趣味の悪い内装をした部屋を実に嫌そうな目で眺める。



「入りたくないぐらいに気持ち悪い部屋だな。ポチって盗撮魔だったの?」


「そうだとしたらネアちゃんとリリィに影響が及ぶ前に殺してやりましょうか」


「ミンチにしておいた方がいいな、これ」



 ユーシアは興味本位で扉の裏側まで確認して、



「うわ」


「何かありました?」


「扉にも写真が貼り付けてある。趣味が悪いね」


「そりゃあ、この不気味極まる内装ですよ。当然じゃないですか、扉まで貼り付けてあるなんて」


「確かにそうだけどさぁ」



 扉の裏側にも写真がベタベタと貼り付けられており、ユーシアは「うへえ」と顔を顰める。確かに予想されて当然のことだが、現実を見たくなかったのだ。

 中には写真ではなく、雑誌の切り抜きや新聞の記事なども貼り付けられている。どれもこれも内容は【OD】が起こした事件のもので、関連性はない。異能力を手にした阿呆が調子に乗って起こした事件だろう。


 とりあえず部屋の中に足を踏み入れたユーシアは、床に落ちていた地図に注目する。



「あ、豪華客船の地図だ」


「本当ですね」



 落ちていた地図は、豪華客船の情報が詳細に記された地図である。

 各客室の個数から施設の名前、それから豪華客船の運航で必要そうな操縦室などの情報までしっかりと載せられている。船内に掲げられている案内図よりも正確性があるだろう。


 そして地図には操縦室と甲板に、赤い丸が書き込まれていた。何やら重要そうな雰囲気のある印だ。



「何だろうね、これ」


「行ってみる価値はありそうですが」



 地図から視線を外したリヴは、一際大きく掲載された新聞の記事を指差す。


 内容は【OD】が起こした連続強姦殺人事件である。

 その男は眠り姫の異能力を発揮して何人もの女性を強制的に眠らせていき、自由意思がない状態で強姦してから殺害したとある。ユーシアと同じ異能力を発現させるなど風評被害にも程がある。


 新聞の記事を読んでいくと、さらに被害者の名前もあった。



「合歓木……読めないな、この苗字。リヴ君読める?」


「『ねむのき』と読むんですよ、それ」



 リヴは新聞の記事から目を離すことはなく、



「そういえばゲームファンタズマの会長の名前が合歓木宗次郎でしたか」


「となると、この新聞の記事にいるのは」



 ユーシアは新聞の記事に書かれた名前を確認する。


 新聞の記事で明かされている被害者の名前は『合歓木理彩』とあった。被害当時は13歳だったらしく、この【OD】に殺されてしまった可哀想な被害者だ。

 この豪華客船に【OD】を乗せた張本人である株式会社ゲームファンタズマの会長と同じ苗字を持っているということは、彼女は会長の関係者で間違いなさそうだ。娘か、それとも孫のどちらかだろう。新聞の記事自体はそれほど古いものではないので、孫と判断してもいいぐらいか。


 リヴは「おそらくですが」と口を開き、



「この合歓木宗次郎は、孫の理彩を殺害されたことで全ての【OD】を憎んだんでしょうね。よくあることですよ、そういうの」


「まあ、考えられるよね。よくあるよくある」



 そして、その恨みとやらにユーシアたちは運悪く巻き込まれたのだ。

 恨むなら孫を殺した犯人にしてほしいものである。ユーシアとリヴはそんな下品な殺害には手を染めない。逆にユーシアとリヴがその強姦殺人鬼を殺し返してやる所存である。


 ユーシアは「じゃあさ」と言い、



「もしかして、俺と同じ能力を持った連中がいるってこと?」


「可能性はあります。目につく【OD】を片っ端から豪華客船に乗せているんだとすれば、あり得そうな話ではありますよね」



 リヴの淡々とした言葉に、ユーシアは「やだなぁ」と呟いた。


 単純に強姦殺人鬼と同じ異能力を発現しただけなのに、ユーシアのことを強姦殺人鬼と同列に見られるのが非常に嫌だった。【DOF】の服用人数に対するおとぎ話の種類が少ないので、異能力が被ることは考えられた。

 生きているだけでユーシアに不利益をもたらしそうな存在である。その強姦殺人鬼がネアとスノウリリィの存在に気づいてしまったら大変だ。ユーシアは狙撃銃で撃った相手を眠らせるが、相手がどんな方法で眠らせるのか不明だ。


 ユーシアは携帯電話を取り出し、



「リリィちゃんに電話して部屋の外に出ないように言っておこう。鍵もかけてもらってね」


「殺人鬼がいたら卸金で大根おろしにしてやる所存です」


「何故だろう、足先が痛くなってきた」



 メッセージアプリからスノウリリィの番号を呼び出し、ユーシアは電話をかける。聞き慣れた呼び出し音が携帯電話から聞こえてくる。

 でもそれだけだ。スノウリリィが電話に応じる気配はない。


 ――もしかして、すでに遅かったりするのか?



「リヴ君、ダッシュで客室まで戻って」


「殺しますね」


「察しのいい相棒で助かるよ」



 首筋から【DOF】を注入したリヴが幽霊のように消え、ユーシアは「ちくしょうめ」と悪態を吐く。

 最悪、スノウリリィは殺害されれば深夜0時には死亡状態がリセットされるシンデレラの【OD】である。見逃せばいいだろうが、問題はネアだ。ネアは生き返るような術を持っていない。眠らされたらアウトである。


 放置されたポチを一瞥したユーシアは、



「別にいいや、正気に戻ることはないでしょ」



 薬品の実験で「あー、うー」としか言わなくなったポチを捨て置き、ユーシアは客室に戻るのだった。

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