【第2話】
ポチが案内した先にあったのは、従業員用の通用口だった。
「こっちだよ」
ポチは躊躇いもなく従業員用の通用口の扉を押す。『従業員以外立ち入り禁止』という張り紙は見えていないようだ。
まあ、こんな場所で張り紙の内容を気にしているだけ阿呆である。ユーシアとリヴもポチの背中を追いかけて、通用口の扉を押した。
絢爛豪華な内装が特徴的な豪華客船内とは打って変わって、従業員用のフロアだからか無骨で簡素な印象だ。蛍光灯がぼんやりと光を落としており、無機質なリノリウムの床が不気味な雰囲気を漂わせている。
そして壁沿いに設置された金属製の棚には、多くの段ボール箱が詰め込まれていた。試しに箱の1つを引っ張り出して中身を開封してみると、レトルトカレーの袋とご対面を果たした。本当に必要最低限の食事ならありそうだ。
ポチは自慢げに胸を張ると、
「ね? 本当にあったでしょ?」
「そうだね」
「ぼく、役に立ったでしょ?」
「まあ、この時に限っては」
「首輪を外してくれない?」
「リヴ君、ちゃんと躾けておいて」
たかだか食品の在処に案内したぐらいでお役御免で釈放など誰がするか。骨の髄まで利用してから豪華客船から突き落として殺すか、豪華客船の爆破に巻き込ませるか選ぶだけである。
ユーシアは次々と箱を開けてレトルト食品を確認していく。すぐ側ではリヴが生意気なことを宣ったポチの躾に精を出していた。容赦のない締め技を受けてポチは甲高い悲鳴を上げているが、まだ殺されないだけありがたいと思ってほしい。
それにしても、レトルト食品は色々な種類がある。カレーから始まり、
カップ麺に中華丼に卵雑炊など見たことのないレトルト食品だらけだ。さすが食にうるさい日本人である、レトルト食品でも作ったものと何ら変わらない美味しさが享受できるのは大変喜ばしい。
これならネアやスノウリリィも食べることが出来るだろう。ユーリカは知らないが、命綱である【DOF】の調合を格安で引き受けてくれるのだから代金分は持って行ってやろうか。
「誰だァ、そこにいるのは」
その時、通用口の扉が外側から開かれる。
姿を見せたのは、頭髪を金色に染めて顔中にピアスを装着した柄の悪そうな男である。その背後には似たような連中が控えており、全員して顔面をピアス塗れにしている。
笑ってしまうほど典型的なチンピラの集団である。この豪華客船という舞台には相応しくないチャラチャラした格好なのだが、常識という概念を母親の胎内に置いてきた連中しか乗っていない地獄の方舟だからこんなものがいてもおかしくないだろう。
チンピラの1人はユーシアの手元にあるレトルト食品を見やり、
「おうおう、いいモン持ってるじゃねえがッ!?」
リヴの飛び膝蹴りが、チンピラの顔面に炸裂した。
華麗な身のこなしに、ユーシアは思わず「おおー」と声を上げてしまう。拍手もしてしまった。
ポチの躾はどうなっているのかと確認すると、ボコボコに殴られた状態で床に放置されていた。簡単に逃げられないように両手と両足を結束バンドで固定されており、首から伸びる鎖の端が金属製の棚に結び付けられていた。徹底された逃亡対策である。これで逃げる素振りを見せようものなら腹か首が裂けるかもしれない。
膝蹴りを顔面に受けて仰向けに倒れたチンピラの顔面を踏みつけ、リヴは「ベタですね」なんて言う。
「チンピラに絡まれる展開などラノベやネット小説だけだと思っていましたが、まさか現実世界でも起こり得るんですね。まあ僕は何度か経験済みですが」
「ご、の゛ぉ……!!」
リヴの足元でチンピラが呻き声を漏らすが、
「何だまだ生きていたんですねさっさと死んだらどうですか」
「ぶッ、ご」
顔面を踏みつけられていたチンピラの顔を思い切り踏み潰す。そのまま2度、3度と勢いよくガンガンと顔面を踏みつけていくとチンピラが動かなくなってしまった。
チンピラ集団のリーダー的存在が早々に潰れてしまったことで、他のチンピラがぎゃーぎゃーと騒ぎ始める。「よくもタケちゃんを!!」「許さねえぞ雑魚が!!」と叫ぶ、叫ぶ。よくもまあ目の前の異常者を相手に騒げるものだ。
リヴはレインコートの袖から【DOF】で満たされた注射器を取り出すと、
「喧しい囀りですね、全員まとめて殺してやりますから安心してくださいよ」
注射針を首筋に刺し、シリンダー内で揺れる透明な【DOF】を注入する。高濃度の【DOF】を体内に注入し、空っぽになった注射器を引き抜いてリヴは躊躇いもなくそれを足元に捨てる。
それを踏み砕くと同時に、彼の姿がさながら幽霊の如くフッと消える。チンピラが目を剥いて驚いたのも束の間のこと、親指姫の【OD】の異能力を使用してチンピラの1人の背後に移動した真っ黒てるてる坊主はどこからか取り出したナイフで喉元を引き裂く。
噴き出る血潮、倒れるチンピラ。絢爛豪華な客船が殺人現場に変貌を遂げる。
「テメェ!!」
「殺しやがった!!」
2人も仲間を殺されたことで、チンピラの怒りはついに頂点へ達する。顔を真っ赤にして殴りかかろうとするも、血糊がベッタリと張り付いたナイフを手にした真っ黒てるてる坊主に強く出ることが出来ない。
死ぬかもしれない、という恐怖と葛藤しているのだ。相手にはどう足掻いても勝てないと自覚がお有りの様子である。この豪華客船に乗っているということは少なくとも【DOF】に手を染めた異能者なのだから、異能力を使って対抗すればいいのに。
ユーシアは背負っていた箱から純白に塗られた狙撃銃を取り出す。そこまで離れている訳ではないので
「リヴくーん、危ないよ」
「おっと」
一応、相棒にも声かけを忘れない。
声をかけると同時に、ユーシアは狙撃銃の引き金を引いた。耳を
膝から崩れ落ちた仲間のチンピラを弾かれたように見やる残された最後のチンピラは、ガタガタと震えながら立ち尽くしていた。握った拳は小刻みに震えており、歯も噛み合っていないのでガチガチと音を立てる。
ユーシアの放った弾丸を軽く避けたリヴは、残されたチンピラにナイフを突きつける。
「ほら命乞いをしたらどうです?」
「ッ」
チンピラはすぐさまその場で土下座をすると、
「ごめんなさい、ごめんなさい!! 許してください助けてください死にたくないですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
必死に謝罪を重ねるチンピラ。もはや可哀想なぐらいに怯えてしまっていた。
しかし、喧嘩を売っておきながら謝罪だけで済ませようという魂胆は気に食わない。喧嘩を売る相手はちゃんと見定めるべきだったのだ。
チンピラたちは運が悪かった? いいや、この頭のおかしな客人しか乗っていない船にやってきた時点ですでに運はなかったのだ。
ユーシアは「ははッ」と謝罪するチンピラを笑い飛ばし、
「面白いことを言うね、許す気はないよ」
流れるように純白の狙撃銃で、チンピラの後頭部を撃った。
放たれる弾丸はチンピラの後頭部をぶっ叩くも、不思議と傷がついていない。血の1滴も流れることなくチンピラは夢の世界に旅立っていった。
雑魚がどうだこうだと言っていたが、果たして雑魚はどちらの方か。虚勢を張った格好も相まって馬鹿らしい。
ユーシアは狙撃銃を箱の中にしまうと、
「リヴ君、こいつらどうする?」
「僕が処理しておきますよ。どうせ7日後にはドカンと大爆発ですしね」
「じゃあ頼むわ。俺はご飯を持っていくから」
「腰は大丈夫ですか?」
「馬鹿にしないでよ」
ユーシアは適当にレトルト食品を段ボール箱へ詰め込むと、思い出したように「あ」と呟く。
「ポチは?」
「引きずって連れて帰ります」
「あーあ、荷物が増えた。次から気絶させないでよね」
「善処します」
とりあえず食事は確保できた。救命艇を見つけるまではこれでどうにか凌ぐしかない。
ユーシアはレトルト食品を詰めた箱を持ち、リヴは絶賛気絶中のポチの首から伸びる鎖を持って従業員用の通用口を潜る。
転がっている死体は邪魔なので蹴飛ばし、踏みつけて、無視した。邪魔な連中だった以上の感想なんてない。
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