【第10話】
「さて次はオマエダ」
「助けてえ!!」
リヴが両腕を結束バンドで拘束された少年に迫る。
携帯電話も持っていない、親族であるミヤビ・クロオミに連絡が取れないのであれば仕方がない。ここで始末をしてしまった方がいいのだ。
だって人質としての意味がないではないか。そもそもユーシアとリヴに人質を丁重に扱うという概念はない。とっとと殺してしまった方がマシとさえ思ってしまう。
ジタバタと暴れる少年をベッドに縫い止め、リヴは彼に馬乗りとなる。袖から大振りの軍用ナイフを滑り落とすと、
「シア先輩、コイツは殺してもいいですよね?」
「頭のおかしな連中しか乗っていない豪華客船に乗った時点でお察しでしょ。運がなかったよ」
「ですって。自分の不運を恨んでくださいね」
リヴが少年を始末している間、ユーシアは部屋の隅に投げ出された豪華客船のパンフレットを開いた。そこには『クイーンズメリー号の特集』などと銘打たれた文章が並んでおり、興味はないが死ぬほど退屈なので文章に目を走らせる。
と言っても、少しぐらいしか抵抗のしない少年をぶっ殺すことなどリヴにとっては容易いことだ。カップラーメンが出来るより早く相手の首が裂けるに違いない。
すると、命が奪われるという危機を回避したいのか、少年がこんなことを叫んだ。
「ぼく、船を案内できます!!」
「それは地図を見ればどうにかなりますよ」
「ひ、避難艇の場所も知ってるよ!! 殺すのは止めた方がいいんじゃないかな!?」
「…………」
リヴが掲げたナイフが止まる。
2人のやり取りを聞いて、ユーシアもクソつまらない豪華客船特集などという駄文から視線を外した。
避難艇の場所を知っているのであれば話は別だ。ユーシアたちはこんな頭のおかしな連中と一緒に海の藻屑になるのは嫌なので、早いところ脱出をしたいと考えていたのだ。脱出方法を知っているのであれば生かす価値はある。
リヴもそれを理解したのか、少年の手首に巻かれた結束バンドをナイフで断ち切った。それから少年の上から退くと、
「シア先輩、人質は継続でよろしいですか?」
「いいよ。知っているなら骨の髄まで利用しようか」
ユーシアは豪華客船のパンフレットを捨てると、
「炭鉱のカナリアっぽい扱いだよね」
「いいですね、鳥籠に収納しますか?」
「人間を閉じ込めさせる方法なんてあるの?」
「ないですね。さすがの僕でも持っていないです」
炭鉱のカナリアとは言い得て妙だ。船の構造を理解しているなら地図を見ながら彷徨い歩くつもりだったユーシアやリヴよりも役に立つだろうし、頭のおかしな連中と出会した時には積極的に犠牲となってほしい。
まさに状況は毒の探知の為に使われるカナリアである。悪いがこの少年には思い入れなんてないので、自分の手で殺さないだけありがたいと思ってほしい。
リヴは手をレインコートの袖に引っ込めると、
「はい」
――キュッ、と。
少年の首に、赤色が特徴的な首輪が嵌め込まれる。どこかで見覚えのあるデザインだと思えば犬用の首輪だ。ペットショップで売っている無難な色合いの首輪である。
ご丁寧にも少年の首に嵌め込まれた赤色の首輪には頑丈な鎖が繋げられており、鎖の先はリヴがしっかりと握っていた。少年は自分の首に嵌め込まれた首輪を外そうと指を輪っかの隙間に突っ込むのだが、残念ながらどれだけ躍起になろうと外れる気配がない。
朗らかな笑みを見せるリヴは、
「ほら、行きますよポチ。案内しやがれください」
「ぼくの扱いって犬なの!? というかポチって名前じゃないんだけど!!」
「うるさい犬ですね、殺されたくなければご主人様の命令を聞いた方が身の為ですよ」
「ぎゃんッ」
リヴは容赦なく少年の顔面を殴る。その手つきに手加減などない。
犬扱いをしていても、相手は人間だ。それも生意気な少年である。多少乱暴に扱ってところで死にもしなければ動物愛護団体から訴えられることもないし、この船の中は頭のおかしな連中しか存在しないので逃げ場はない。八方塞がりである。
殴られた少年はメソメソと泣き、
「協力なんて申し出なければよかった……」
「なるほど首の骨を折られたいと。それならそうと早く言ってくださいよ、アンタは若いから折り甲斐がありそうですし」
「わーいぼくはポチです可愛がってくださいワンワン」
開き直った少年――もといポチは「首輪もありがとうございますぅ」とリヴに媚を売るのだった。可哀想な少年である。
「ところでリヴ君や」
「何ですか?」
「その首輪はどうしたの? 持ってなかったよね、そんなもの」
「以前、米国のペットショップで購入しました」
じゃらりと頑丈な鎖を揺らして、リヴはわざとらしく頬を染めながら言う。
「シア先輩と首輪をつけたりつけられたりする関係になりたくて」
「リヴ君、俺の性癖はノーマルなんだよね。お前さんのアブノーマルな性癖に俺のことを巻き込まないで」
「え? じゃあ僕が首輪をつけますか? 青色ならご用意できますよ?」
「やるなって言ってんのよ」
「まあ冗談なんですけど」
「冗談なのかよ、俺の動悸を返してよ」
本気でリヴがアブノーマルな性癖に目覚めてしまったのかと本気で心配と不安を抱いたユーシアである。さすがにその、首輪をつけたりつけられたりする関係は死んでも嫌だ。冗談でよかった。
「じゃあ行きますか」
「そうだね。まずは夕飯の調達から」
「行きますよ、ポチ」
「ぐえッ」
ポチを引き摺りながら、ユーシアとリヴは夕飯の調達で狂人たちの祭典と化したショッピングフロアを目指すのだった。
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