【第9話】

「酷いよぅ、酷いよぅ」



 ユーシアとリヴをこの豪華客船に乗せた張本人、ミヤビ・クロオミの親族を名乗る少年を捕獲に成功した。


 結束バンドで拘束した少年を見下ろし、ユーシアとリヴは互いの顔を見合わせる。

 どこからどう見ても【OD】の雰囲気には見えない。【DOF】を飲んだ場合、大体の連中が頭の螺子を3個ほど消失してしまう影響で狂人と成り果てるのだ。比較的正気を失っていないユーシアとリヴでも、倫理観とか常識の部分で大体20個ほどの螺子をなくしているかもしれない。


 ところがこの少年、おかしなことに正気なのである。この豪華客船には【OD】しか乗っていないという噂なので、この中では珍しい部類だ。



「どうする、リヴ君」


「どうしますか、シア先輩」



 2人揃って「うーん」と頭を悩ませる。


 正直言ってこの少年、ユーシアとリヴという狂人からすれば恐怖でしかないのだ。頭のおかしな連中しか乗っていない豪華客船で正気を失わずにいる存在は逆に恐ろしい。

 とっととミヤビ・クロオミの絶望した声を聞いてオサバラすることにしよう。誰だって頭を撃ち抜けば死ぬし、この海の上では誰かを殺したところで大きく騒がれないはずだ。大自然が起こした不幸な事故で処理される。


 懐に忍ばせた自動拳銃を取り出したユーシアは、



「とりあえず少年、携帯電話はあるかい?」


「携帯?」


「持ってないの? 使えないなぁ」



 ユーシアはあからさまにガッカリしたような口調で言う。


 親族からの携帯電話を使えば、ミヤビ・クロオミだって簡単に応じてくれると思ったのだ。それなのにこのクソガキは携帯電話を持っていないと宣う訳である。というかキョトーンと不思議そうにしているので、確実に携帯電話を持っていないと踏んでいいだろう。今時の若者が携帯電話を持っていないとは異常だ。

 よほど厳しいご家庭で成長したか、それとも携帯電話を買ってもらえないほど貧乏な環境で育ったか。もう可哀想になってきたので、サクッと殺してあげてしまった方がいいのではないか。


 少し寂しそうな表情で背負っていたライフルケースを下ろすと、ユーシアは箱の中に収められた純白の狙撃銃を取り出す。弾倉に銃弾が込められていることを確認してから、銃口を少年に向けた。



「可哀想だから今ここで殺してあげるね」


「何で殺すの!?」


「大丈夫だよ、痛みもなく殺してあげるから。俺の能力は麻酔みたいな役割も果たすからね」


「何も大丈夫じゃない!!」


「お前さんを介錯するのは腕利きの死神みたいな殺し屋だから、サックリとあの世に行けるよ。目が覚めたらそこはお花畑さ、歌でも歌いながら来世に期待しなよ」


「殺すという手段しかないの!?」



 少年はぎゃーぎゃーと甲高い声で喚く。

 この世にまだ未練があるというのか。碌な人間が乗っていない豪華客船に乗り込んだ時点で色々とお察しだろう。若いうちに命を摘み取っておけば来世に生まれ変わってもあまり時代は変わっていないかもしれないだろうに。


 ユーシアは狙撃銃の引き金に指をかけ、



「ほーら怖くない怖くない」


「怖い怖い!!」


「大丈夫だよ、痛くないよ。一瞬で眠れるからね」


「永遠にだよね!?」


「当たり前じゃん」


「当たり前のように言わないで!!」



 少年はジタバタと暴れながら「嫌だ!!」と叫ぶものだから狙いが定まらない。死の淵に立たされた人間は意外としぶとさを発揮するものだ。


 そろそろ苛立ちを覚えたユーシアは、相棒の真っ黒てるてる坊主に視線をやる。ユーシア以上に苛立っている様子の相棒は、ベッドの上でジタバタと暴れ回る少年に何度も何度も極小の舌打ちをしていた。先程から聞こえていたのは鳥の囀りではなかったようだ。

 ユーシアが手を出すより先に、リヴが首を引き裂く方が早そうである。あと3秒で眠らせるより先に殺されそうだ。眠ったまま殺されるか、普通に殺されるかという『死』以外に行き着く末路が見当たらない選択肢である。


 いっそもう何もしないでいようかな、とユーシアは純白の狙撃銃を下ろすと、



「余の最先端を見てェ!!」



 開けっぱなしにされた扉から、変態的な絶叫が耳朶に触れた。


 弾かれたように振り返ると、ちょうど扉の先を全裸のおっさんが爆走していった。全裸という箇所から判断して、おそらく裸の王様の異能力が発現してしまった可哀想な【OD】だろう。ボディビルダーのように鍛えられていればまだ見応えはあるが、今まさに廊下を駆け抜けていった変態さんはでっぷりと腹の辺りに贅肉を蓄えた普遍的なおっさんである。

 彼がこの船に送り込まれたのだとすれば、公然猥褻物陳列罪だろうか。度し難い変態なのだろう。全裸を最先端だと宣うその根性、大いに捨て去ってやりたい。


 ユーシアはリヴに視線をやり、



「リヴ君、ガソリンって持ってる?」


「ガソリンはさすがに」


「お前さんでも持ってない凶器ってあるんだね」


「持ち運びにくいですからね。灯油ならここにあるんですが」


「灯油ならあるんだ、凄いね」



 黒いレインコートの裾から赤いポリタンクをゴトンと落としたリヴは、



「手っ取り早く燃やしますか」


「燃やしちゃおうか」



 倫理観とか常識などの螺子が吹っ飛んだ悪党どもの狙いが、あの可哀想な裸の王様の【OD】に移ってしまった。これはもう助かる見込みはない。


 ユーシアはひょっこりと扉から半身だけ出し、廊下の状況を確認する。

 伽藍とした廊下を「ひゃっはー!!」と奇声を上げながら全裸のおっさんが走って戻ってきた。目が血走り、涎を口の端からダラダラと流し、完全にイってしまっている状態である。頭が。



「リヴ君、来たよ」


「了解です、お任せください」



 赤いポリタンクの蓋を開けたリヴは、走りながら戻ってきた全裸のおっさんを捉える。両手でズッシリと重たいポリタンクを抱えて、



「あー、手が滑ったぁ」



 わざとらしい声と同時に、赤いポリタンクから灯油を全裸のおっさんめがけてぶち撒ける。


 ザバァ!! と全身に灯油を浴びるおっさん。灯油独特の臭いが鼻孔を掠めて、ユーシアとリヴはそっと音もなく灯油塗れになった全裸のおっさんから離れた。

 全身が灯油に塗れたおっさんは、何か言いたげにユーシアとリヴを睨みつける。まるで「よくも邪魔をしたな」と言わんばかりの態度だった。


 ユーシアは安物のライターを取り出し、



「知ってる? 今時の最先端は全身を火だるまにすることだよ」



 カチッと火を出した状態のライターを、おっさんめがけて放り投げた、


 灯油に引火し、あっという間に全身が火だるまになるおっさん。甲高い悲鳴を上げながらジタバタと暴れ回り、紅蓮の炎に包まれた太い両腕をユーシアめがけて突き出してくる。せめて道連れにでもしようという魂胆か。

 すかさずリヴが赤いポリタンクで火だるまと化した全裸のおっさんをぶん殴り、部屋の中に足を踏み入れようとしてきた相手を廊下に追いやる。耳障りな悲鳴を上げる裸の王様の【OD】は「だずげで、だずげでぇ!!」と汚い声で助けを求めてきた。


 リヴは全裸のおっさんを笑い飛ばすと、



「いやー、お似合いですよ。さすが裸の王様、流行の最先端」


「炎上って流行だもんね。トレンド入りは間違いないよ」


「写真撮りましょう、写真。『これぞまさしく本当の意味での炎上だ』って載せましょう」


「いいね、それは面白そうだ。人気者になれるかな」



 断末魔を上げて廊下の床をのたうち回る火だるまとなった裸の王様の【OD】を携帯電話で撮影するユーシアとリヴは、非常にイキイキとしていた。やはり2人に倫理観とか常識とか、そんなものは存在していない。

 それから火だるまとなった全裸のおっさんが力尽き、全身に大火傷を負った状態で死に絶えるまでユーシアとリヴの写真撮影大会は続く。見るに堪えない死体が廊下に転がることとなったが、悪党の2人が心を痛めるはずもない。


 それどころか、



「リヴ君、やっぱりこの汚いおっさんを携帯電話のデータに残すのが嫌だから消そうか」


「僕も同じことを考えていました。何が楽しくてこんなおっさんの死に様を撮影していたんでしょうね」



 容赦のない指遣いで、先程まで嬉々として撮影していたおっさんの最期を消していった。

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