【第6話】
「俺は無敵だーッ!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえ!!」
「あはは、潰れた!! 潰れたあはははは!!」
絶叫、怒号、悲鳴が飛び交うショッピングフロアをユーシアとリヴは並んで突き進む。
豪華客船で暴れ回っているのは、ほとんどが若者である。異能力をお手軽に獲得できるという【DOF】の甘言に惑わされて服用してしまったのが原因だろう。可哀想に、もう正気には戻れない。
頭を壁に打ち付けて「血が出た!!」と狂ったように笑う少女や斧を無人の店に投げ込んで遊んでいる少年、陳列されていただろうお土産用のお菓子を口いっぱいに頬張って幸せそうにしている青年など奇行の種類は様々だ。おそらく【OD】になったことで獲得した異能力の弊害だろう。
もはや色々と諦めたのか、混沌としたショッピングモールをユーシアとリヴは気軽に会話を交わしながら荒れ果てた店を覗き込んでみる。
「凄いね、あの人」
「店員の鑑ですね」
元々は洋服屋だったようだが、豪華客船を蔓延る【OD】たちが荒らしたのか商品棚はひっくり返っているし、商品の洋服は床に叩きつけられてぐちゃぐちゃになっている。綺麗な洋服たちは容赦なく踏みつけられて、破けた箇所も見受けられた。
そんなボロボロの洋服たちを拾い集め、丁寧に畳み、商品の陳列棚に並べている少女がいた。正気があった時はまともに洋服屋で働いていたのか、瞳は虚な状態でも洋服を畳む手つきは慣れたものがある。
真面目に働くその姿を観察するリヴは、
「ああ、多分あれも【OD】の異能じゃないですかね」
「え? そうなの?」
「予想ですが、アリとキリギリスの蟻だと思いますよ。働きアリ」
「ああ、暑い日も働いて食料を溜め込む蟻さんの方か」
ユーシアはどこか納得してしまう。
【OD】の異能力にも条件で発動するものや常時発動されてしまうものなどに分類される。おそらく洋服屋でせっせと開店準備に勤しむ少女は、意識を失った状態でも働き続ける『働きアリ』の異能力を引き当ててしまったのだろう。勤勉・勤労を良しとする日本人の鑑である。
意識がないままでも働き続けるとはユーシアの異能力と相性が悪い。撃った相手を強制的に眠らせるユーシアの『眠り姫』では、意識を失っても動くことが出来る相手など完全停止へ追い込むことは不可能だ。
特にこれと言って害意はないので、ユーシアは店でセコセコと働く少女の存在を無視する。
「行こうか、リヴ君。どうせ襲ってこないでしょ」
「ネアちゃんがお菓子を待っていますし、止めておきますか」
「そうそう。無駄な労力は使わないのがいいの」
今は部屋で待つネアにお菓子を持っていくのが先決だ。モタモタしていたら「おそい!!」と文句を言われてしまうかもしれない。
ただ問題は、このショッピングフロアにお菓子屋があるかどうかだ。
見たところ高級な洋服や靴などを扱う服飾店が多く揃っており、食べ物らしき雰囲気は全く見当たらない。別の階層にあるのだろうか。
壁に飾られた案内板を探すユーシアは、
「とりあえず地図を確認したいな」
「飲食店があるのかだけでも分かればいいのですが」
2人でそんな会話を交わしていた時だ。
「…………?」
「甘い匂いがしますね」
ぎゃあぎゃあと喧しいショッピングフロアに、砂糖のような甘い香りが漂っていた。どこかにお菓子屋でもあるのかと周囲を見渡してみるも、食品を販売しているような店は存在しない。
リヴも空気中に混ざる砂糖のように甘い香りに眉根を寄せる。確かにお菓子のようないい匂いではあるのだが、こんな【OD】だらけの豪華客船で呑気にお菓子を焼くような馬鹿がいるだろうか。どこから漂ってくる匂いなのかも気になる。
ユーシアとリヴは互いに顔を見合わせると、
「行ってみる?」
「もしかしたらお菓子を作ることが出来る【OD】かもしれませんね」
「それって【OD】が食べたら不味く感じるとかじゃないよね?」
漂う甘い香りを追いかけ、ユーシアとリヴはさらにショッピングフロアの奥を目指して突き進んでいく。
☆
甘い香りが漂っていたのは、ショッピングフロアの中間地点ぐらいにある雑貨屋だった。
元々は可愛らしい少女向けの雑貨を販売していたようだが、商品棚にはクッキーやマドレーヌなどの焼き菓子が詰め込まれた箱が並べられている。店の内装も雑貨屋らしいメルヘンチックなものではなく、まるで「ここがお菓子屋である」と言わんばかりの内装に変わっていた。
甘い匂いを放つ店の前で立ち止まったユーシアとリヴは、
「本当にあったね」
「本当にありましたね」
とりあえず、窓から店内の様子を眺める。
商品棚には美味しそうなお菓子がずらりと並んでおり、ネアに頼まれたたくさんの種類が入ったチョコレートなんかも販売している。煌びやかな洋菓子に混ざり込むようにして和菓子の存在も確認でき、大福や饅頭などが揃えられていた。
見た目は飛び抜けて優れているが、問題は味である。【OD】が食べたら吐くほど不味いという話では洒落にならないのだ。
「ここでいいか」
「まずは毒味からですね」
遠慮なしに店内へ足を踏み入れたユーシアとリヴは、店内に置かれたお菓子の数々を見て回る。
チョコレートが混ざったクッキーやキャラメルソースを閉じ込めたチョコレート、色とりどりのマカロンや流行のカヌレなど種類は多岐に渡る。この場所にネアを連れてきたら瞳を輝かせながら商品棚を行ったり来たりして興奮することだろう。
ユーシアはメッセージアプリを起動させると、店の様子をまず撮影してからネアに画像を送信する。ご注文はチョコレートだけだが、他にもあるかもしれない。
ユーシア:着いたよ
ユーシア:チョコレートでいいの?
ネア:くっきーもある!
ネア:くっきーもたべたい!
ユーシア:分かったよ
ネア:ねあもいけばよかった
ユーシア:それは今度ね
新たな注文をしっかりと確認したユーシアは、
「リヴ君、クッキーも追加で」
「了解です」
リヴは商品棚に並べられたクッキーの詰め合わせを手に取った。高級感溢れる缶には数種類のクッキーが詰め込まれており、何種類も食べたいという欲張りさん向けの商品となっている。
蓋が開けっぱなしになっているのをいいことに、リヴはクッキーを1枚だけ摘んだ。サクサクと齧り付きながら、ユーシアにもクッキー缶を差し出してくる。
試しにユーシアも小さめのクッキーを選んで口に運ぶと、
「美味しい」
「ですね」
驚くほどに美味しかった。ちゃんとバターの風味や砂糖の味もするし、程よい甘さがちょうどいい。
【OD】が作るお菓子なんて、絶対に不味いと思っていたのだ。前に3匹の子豚の異能力を獲得した兄弟がいたのだが、あれらが作るお菓子は【OD】にだけ不味く感じるという嫌な能力だったのだ。
こちらのお菓子はあの時とは違い、ユーシアやリヴでも美味しく食べることが出来る。ネアの口にも合いそうだ。
「あとはチョコレートだね」
「シア先輩、僕も大福が食べたいんですけど」
「持っていけば? どうせお金を払うことはないでしょ」
堂々の強盗宣言である。
まあ、所詮はユーシアもリヴも【OD】である。こんな豪華客船だけど中身が世紀末だったら金銭の価値なんて下がるだけだ。
ネアの口に合いそうなチョコレートを見繕うユーシアの後ろで、誰かの声が聞こえてきた。
「お客さんですか? いらっしゃいませ」
「うるさいな、寝てて」
ユーシアは背後に立つ存在を確認することもなく、リヴから借り受けていた自動拳銃で相手を撃ち抜いた。
響き渡る銃声。誰かが倒れるような音。遅れて「ぐー、ぐー」といういびきが耳朶に触れる。ユーシアの異能力が発動したのだ。
ユーシアは銃口から立ち上る白煙を吹き消し、
「こっちは買い物をしている最中なのに」
「シア先輩、後ろにババアが倒れてますよ。本当の老人です」
「興味ないから放っておいて」
「殺していいですか?」
「いいよ」
リヴから大量の大福を押し付けられたユーシアは、背後から聞こえてくる肉を切るような音を聞きながらネアの好みに合いそうなチョコレートの詰め合わせを選ぶ。
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