【第5話】
さて、お菓子を求めて豪華客船を徘徊である。
「やっぱり売店かな」
「お菓子ショップとか都合よくありますか?」
エレベーターホールの壁にあったフロア案内を2人並んで眺めながら、とりあえずネアのお菓子を売っている店を探す。
このフロアは客室以外に店はないので、必然的にエレベーターで店のあるショッピングフロアに移動しなければならない。
まだ他の乗客が見当たらないので出くわすことはないのだが、乗客は全員揃って【OD】なら出会いたくない系統の人間である。ショッピングフロアなら人も集まっているはずだ。
リヴはエレベーターの呼び出しボタンを押し、
「とりあえず移動しますか」
「そうだね」
エレベーターの上部に取り付けられたランプを確認すると、ちょうど5階にエレベーターがいる様子だった。リヴが呼び出しボタンを押したことで、5階にいたエレベーターがゆっくりと動き始める。
順調にエレベーターは4階を通過して、ユーシアとリヴの待つ3階に到着する。チン、というささやかな音がすると同時にエレベーターの扉がゆっくりと開く。
その向こうにいたのは、
「…………」
「…………」
「…………」
狭いエレベーターの個室にひっそりと立っていたのは、笠を被った小柄な男だった。
背筋は曲がり、錫杖を手にした男は笠を被っているせいで顔を窺うことが出来ない。俯き加減で佇んでいることも要因していた。赤ん坊やお地蔵様が装着するような真っ赤な前掛けを身につけて、男はエレベーターを占拠する。
時間切れとなってエレベーターの扉はゆっくりと閉ざされ、笠を被った異様な見た目の男は扉の向こうに消えていった。
「動きませんね」
「動かないね」
エレベーターの上部に取り付けられたランプを確認するが、3階から動く気配がない。まだあの笠を被った男がエレベーターを占拠しているのか。
ユーシアとリヴは互いに顔を見合わせて、それから無言で頷いたり
ハッキリ言って、あの男の存在は邪魔だ。別にあんな男と相乗りなんてしたくないし、ましてエレベーターは狭いのでますますあの意味不明な男と距離が近くなってしまう。
リヴはレインコートの袖から自動拳銃を滑り落とすと、
「はい、シア先輩」
「はいはい」
リヴから自動拳銃を受け取ったユーシアは、慣れた手つきで弾倉を確認すると安全装置を外す。自動拳銃を使ったところで眠り姫の【OD】であるユーシアに他人を傷つけることは出来ないのだ。狙撃手失格だ。
エレベーターの呼び出しボタンを迷わず押すリヴ。ゆっくりと扉が再び開かれていく。
自動で開かれた扉の向こう側から笠を被った男の姿が現れる。錫杖を握りしめ、俯き加減で狭いエレベーターの内部に佇んでいた。先程と変わらぬ光景である。
ユーシアは笠を被った男に自動拳銃を突きつけると、
「――――親切なおじいさんはどこかいな」
唐突に笠を被った変人が喋り始めた。
「親切なおじいさんはどこかいな、親切なおじいさんはどこかいな」
「うるさいな」
ユーシアは迷わず笠を被った変人に向けて発砲した。
放たれた弾丸は俯き気味に佇む男の心臓を的確に撃ち抜き、男を永遠に目覚めない眠りの世界へ誘う。膝から崩れ落ちた笠を被った変人は「ずー、ずー」といういびきを掻き始めた。
床に落ちた錫杖の先端で突いて起きないことを確認したリヴは、
「えい」
「うわ、痛い」
思い切り男の股間を踏みつけた。
それでも笠を被った変人は起きない。ただしいびきの気配が変わった。リヴが踏みつけた途端に「ぅぐッ」という声が漏れたが、それでも起きる気配はない。
リヴは男の両足を引っ掴んでエレベーターから引き摺り出し、ついでに笠を被った変人の身体検査も執り行う。頭に被った笠を外すと、そこから現れたのは
ユーシアは男の頬を自動拳銃の銃身で叩いて起きないことを確認し、
「財布とかあるかな」
「ありそうですが」
リヴは男の懐から財布を取り出すが、
「ご覧ください、このきったない財布。ペラペラですよ」
「本当だ、金がないんだね」
男の財布は酷く汚れていた。革製の財布だろうが表面は汚れに汚れてしまい、財布の角はボロボロになっている。安物である証拠だ。
しかも中身も碌に入っていない。風化してお札っぽくなったレシートばかりが詰め込まれており、所持金は小銭だけである。
試しにリヴはレシートの1枚を引っ張り出すと、
「エロ本を買ってますね」
「殺そうか」
「殺しましょう」
金目のものがないのであれば殺すしかない。どうせユーシアがキスをしなければ目覚めないのだからとっとと始末した方がいいだろう。
お菓子を買いに行く前に、ユーシアとリヴは笠を被った老人を始末するのだった。金がなかったのが運の尽きだが、この豪華客船きっての悪党に出会った時点で笠変人の負けである。
眠ったまま起きない笠変人を引き摺るユーシアとリヴは、
「そういえば、これ何の【OD】なんだろ」
「笠地蔵では? 親切なおじいさんはどこだと言っていたので」
「【OD】とか持ってないかな」
「あ」
リヴはユーシアの顔を見上げ、
「天才ですか」
「天才狙撃手だよ」
「脱がしましょう。ここまでうろついているのであれば、部屋の鍵ぐらいは持ってるかもしれないです」
「部屋に金目のものがあるかもしれないしね」
とっとと殺害する方向を変更して、衣服を脱がせて部屋の鍵を探すことにした。
☆
「部屋は5階でしたね」
「あとで行こうか」
笠変人の衣服を剥いて部屋の鍵を強奪し、ユーシアとリヴはエレベーターにいそいそと乗り込んだ。
とりあえず向かう先はショッピングフロアである1階だ。ショッピングフロアは1階と2階に渡って広がっているようなので、どこかにお菓子を売っている店ぐらいはあるだろう。
ユーシアは携帯電話を取り出して、
「一応、ネアちゃんにどんなお菓子がいいか聞いておこうか」
「そうですね。それに合わせて店を探さないといけませんし」
リヴもネアに連絡することへ同意を示した。
メッセージアプリを起動して、1番上に位置する猫のアイコンが特徴のアカウントを呼び出す。ネアという簡素な名前が並んでいた。
指先で触れてから、簡単にメッセージを打ち込む。数秒で文章の作成を終えてアプリ内に送信した。
ユーシア:お菓子は何がいい?
ユーシア:今ショッピングフロアにいるよ
ネア:ちょこ!
ネア:いっぱいはいったやつがいい!
ユーシア:分かったよ
ユーシア:チョコを見つけたらまた連絡するから、お部屋で待ってるんだよ
ネア:わかった
ユーシアが携帯電話から顔を上げると同時に、ちょうどショッピングフロアである1階に到着した。
ゆっくりと扉が開いていく。扉の隙間から賑やかな喧騒が聞こえてきて、他にも乗客が集まっていることを示していた。
扉が完全に開き、ユーシアとリヴを迎え入れる。
「あーッ、あーッ」
「ぎゃーッ」
「ひゃはははははあはははは」
奇声を上げて走り回る変人や壁に頭を打ち付けてゲラゲラと笑う変人など、数えきれないほどのおかしな連中が勢揃いしたショッピングフロアが待ち受けていた。
正直に言って、帰りたくなった。何でこんな変人ばかりが集まっているのだろう。【OD】ばかりを乗せた殺人鬼のパーティー会場に常識的な場所なんてなかった。
ユーシアは白目を剥きそうになり、
「帰りたいなぁ……」
「まあこの程度の変人具合ならほっといてもすぐに死にそうですよ」
「絡まれると面倒なんだよなぁ」
「絡まれたら殺せばいいでしょう」
「殺すのが手間なんだよ。弾丸だって無料じゃないんだし」
そんな軽口の応酬を交わしながら、ユーシアとリヴはショッピングフロアに足を踏み入れるのだった。
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