【第4話】
「助かったぁ」
ユーリ――本名ユーリカ・ブラドックは背負っていたリュックサックを床に置いて息を吐いた。
ユーリカは【DOF】の調合を専門とする薬屋である。その昔、この【DOF】を最初に作り出した魔法使い『
自分で【DOF】の調合にあたり、試薬品を飲んで【OD】になった経緯を持つ極めて珍しい人だ。頭の
「ッたくよー、新作ゲームの体験だって言うからつい話に乗ったらコレだよ。オレには戦う能力がないから逃げ回るしか出来なくてな」
「さっきの話は本当なの?」
「何が?」
キョトンとした表情で首を傾げるユーリカに、ユーシアは質問を重ねた。
「話の聞かない【OD】が多いって」
「何、お前ら。この船を歩き回ってねえの?」
それが意外だとでも言うかのような態度を見せるユーリカは、
「この豪華客船、乗客は全員揃って【OD】だぞ。他はいねえ」
「乗組員も?」
「乗組員も」
淡々と肯定するユーリカに、ユーシアはため息を吐くしかなかった。
乗客全員が【OD】であれば、それはそれは楽しい血みどろの祭典になりそうな予感しかしない。頭の螺子がぶっ飛んだ野郎どもが目の合った人物と殺し合いするような、殺伐とした毎日がこれから始まる訳である。
どこの戦場だろうか、ここは。かつて【OD】が起こした『革命戦争』を止める立場にいたユーシアだが、こんな密度の高い規模ではなかった気がする。
リヴは「乗組員がいないとおかしいですね」と言い、
「せめて船を動かすには人の手が入りそうですが」
「AI制御だとよ。試しに制御室に行ってみたら舵輪が勝手に動いてるんだもんよ、幽霊が動かしてるのかと思ったわ」
「ハイテクな時代になったものですね」
さすがにリヴでも豪華客船を動かすような技術は持っていないのか、両手をひらひらと振って戯けていた。自動車どころかヘリコプターさえ無免許で動かしそうな超有能な暗殺者なのだが、豪華客船を動かすような知識は無理があったか。
「まあ、それだけで済んだらよかったんだけどな」
「まだ何かあるの?」
「とびきりの爆弾だよ」
ユーリカが苦笑したその時である。
「おにーちゃん、りっちゃん。おきゃくさんかえった?」
「だ、大丈夫ですか? 何も音はしませんが……」
洗面所の扉が僅かに開かれて、スノウリリィの怯えた青い瞳が客室を覗き込む。遅れて扉が勢いよく開け放たれると、我慢できなくなったネアが「むん!!」と飛び出してきた。
そういえば、安全だった場合に声をかけることを失念していた。すっかりユーリカと情報交換をしていたので、ネアとスノウリリィが洗面所に待機していることを忘れていたのだ。
床に胡座を掻くユーリカを見つけたネアは、
「あ、ゆーりちゃんだ!!」
「お久しぶりだな、お姫様。相変わらず元気なことで」
「げんきだよ!!」
ネアはユーリカの背後から抱きつき、ご満悦の様子である。ユーリカも人懐っこいネアの頭を撫でて楽しそうだった。
「お久しぶりです、ユーリカさん」
「メイドの姉ちゃんも久しぶり。まだ殺されてなかったんだ」
「しぶとく生きてます……」
サラッとユーリカにとんでもねーことを言われたスノウリリィは、ほんのちょっぴり泣きそうになりながらも何とか応じていた。
確かにそう言われてもおかしくない。最近では遠慮がなくなってきたのか、つい地雷を踏み抜くような発言をしてリヴの殺意を買っている傾向が見られるのだ。本当にいつ殺されてもおかしくない。
スノウリリィはともかくとしてネアがユーリカと仲良くしているのは納得できないらしく、リヴが低い声で「ネアちゃんから離れてもらえません?」と要求する。
「そうでなければ殺しますよ」
「おっと、お宅の相棒君もなかなか話を聞かない【OD】だったっけ」
「普段は理性的なんだけどね」
ユーシアが「ネアちゃん、戻っておいで」と手招きをすれば、ネアはユーリカの背中に張り付くことを止めてユーシアの元に戻ってくる。リヴからの嫉妬の眼差しが痛かった。
「それよりも、とびきりの爆弾って何よ?」
「爆弾は爆弾だよ。この船のあらゆる箇所に爆弾が仕掛けられてる」
ユーリカは肩を竦め、
「今日を含めて7日後にはボカンだ。この豪華客船は、オレらと一緒に海の藻屑になります」
「た、大変じゃないですかあ!?」
ユーリカの戯けた様子の言葉を聞いたスノウリリィが目を剥いて驚きを露わにした。
ユーシアもリヴも、驚きが隠せなかった。
乗客が全員【OD】に加えて、豪華客船の至る所に爆薬が積まれているとは最悪の状況である。あの世界的に有名なゲーム会社様は【OD】を生かして陸地に帰さないつもりか。【OD】同士で殺し合いをさせてから、残った【OD】を丸ごと爆薬で吹き飛ばすつもりだろう。
そうなったら海の上は最適である。少なくとも誰も傷つくことはないし、爆発音が聞こえなければ他人に勘付かれることもない。最初から詰んでいた訳だ。
「聞けば聞くほどゲーム会社に殺意が募っていくんですが、僕」
「奇遇だね、俺も銃弾の1発ぐらいはくれてやりたいと思っていたところだよ」
最初から殺人鬼の祭典に参加する気満々だったリヴとは違い、ユーシアは完全に参加する気がなかったのだ。優雅にクルージングを楽しむはずだったのだが、状況が変わってしまった。
乗客は【OD】だけだし、乗組員はいないし、豪華客船の操作はAI任せだし、なおかつ爆弾が随所に仕掛けられて最終的にはドカンと大爆発である。ユーシアとリヴどころか、ここにいる全員の命があと7日だ。
これはもう、我儘を言っている状況ではない。生きて陸地に戻り、それからこの地獄を作り上げた張本人どもをどうにかしてやらなきゃ気が済まない。
「殺そっか、ゲーム会社の会長様」
「会長秘書も含めて殺しましょう」
ユーシアもリヴも、この豪華客船に招待してくれたゲーム会社の会長とその秘書であるミヤビ・クロオミの殺害を心に決めるのだった。
「むー!!」
すると、ネアがユーシアの脇腹に突撃してくる。
頬を膨らませたネアはポコポコとユーシアの腕や胸などを叩いてきて、不満を全身で表現してくる。「むー、むー!!」と唸っているので何かが不満なのだろうが、その具体的な内容が分からない。
ユーシアは「痛いよ、ネアちゃん」と訴え、
「どうしたの、急に」
「おかしかいにいくってゆったの!!」
「あ」
そういえば、ネアとスノウリリィを洗面所に閉じ込めた時にそんな約束を取り付けたことを思い出していた。ネアはちゃんとその約束を覚えていたのだ。
7日後にはボカンと大爆発を引き起こす豪華客船だが、果たして食材は積んでいるのだろうか。最後の晩餐として何かしらの食料は積んでおいてくれなければ、ユーシアたちはめでたく餓死である。飢えを凌ぐ為に【DOF】を服用することだけは避けたい。
ちょっと考えてから、ユーシアは口を開く。
「ネアちゃん、お外には危ない人がたくさんいるんだよ」
「あぶないの?」
「だからお菓子は俺とリヴ君で買ってくるね。お店を見つけたら電話するから、携帯を持ってリリィちゃんとお留守番しててくれる?」
「むー……」
ネアはどこか不満げだが、最終的には「わかった……」と折れてくれた。素直ないい子である。
頬を膨らませるネアのご機嫌を取るように頭を撫でてやれば、彼女はグリグリとユーシアの手のひらに頭を擦り付けてきた。ネアなりの甘え方である。
あやすように精神年齢5歳児のネアの頭をたっぷりと撫でてやってから、ユーシアは仕事道具である真っ白な狙撃銃を収納した箱を背負う。
「じゃあリヴ君、俺とデートしに行こうか」
「仕方がないですね。シア先輩を1人にするとあとが面白くないので、僕がエスコートしてあげましょう」
「頼もしいなあ」
「もっと頼ってくれていいですよ」
容赦なく巻き込んでも嫌な顔をしない頼もしい相棒をお供にして、ユーシアは変人が犇めく豪華客船でお菓子探しの旅に出かけるのだった。
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