【第3話】
「はあー……」
ため息しか出なかった。
豪華客船で優雅にクルージング、ついでに世界的有名なゲーム会社が主催する謎解きゲームも適当に済ませてバカンスを楽しむつもりだったのに、どうしてこんな血みどろな祭典が開催されることになったのか。
血生臭い毎日は米国の地方都市に置いてきたはずなのに、飛行機を使って海の向こう側に渡ってまでついてくるとは本当に神様はユーシアやリヴのことが嫌いで嫌いで仕方がないらしい。むしろ「とっとと地獄に行けやファッキン」と中指を立てていそうだ。
ユーシアはソファに深く座り込むと、
「俺もう寝たいよ……」
「眠り姫の異能力を使うと眠気がやってくるんでしたっけ?」
「そんな副作用はないよ。精神的に疲れたの」
ソファにうつ伏せで寝そべるユーシアは、
「もうリヴ君だけ参加してきてよ。俺は疲れました」
「シア先輩がいないと楽しめないので、行かないなら僕も部屋にいますよ」
「どうせ参加者の荷物を強奪してくるくせに」
「金目のものは強奪してナンボですよ。海の上ですから警察なんて来ないですし」
余裕綽々といった態度の相棒が羨ましい限りである。
精神的にオジサンなユーシアは、殺人鬼による血みどろな祭典に嫌気が差していた。せっかくのバカンスを真っ赤なペンキで派手に彩られたような気分である。端的に言えば何もかもが台無しだ。
あの斧男の様子から察するに、乗客は満遍なく頭の螺子が外れた異常者だらけだろう。よくもまあそんな人数を集めたものである。世界的有名なゲーム会社の情報収集能力はどうなっている。
ベッドを占領していたリヴは、
「乗客が頭のイカれた連中しかいないなら手心を加える必要はありませんね。腕が鳴ります」
「勝手にどうぞ」
「しーあーせんぱーいー」
ソファを占拠して不貞腐れるユーシアの背中を叩きながら、リヴは「行きましょうよ」と誘ってくる。
「絶対に楽しいですよ」
「美味しいご飯と広いベッドで優雅に過ごすはずだったのに」
「日本の家具は小さめですよ。何せ日本人は身長が小さいもので」
「うがーッ」
ユーシアはリヴの手を払い除けると、
「やだって、絶対に。リヴ君なら生き残れるよ、ファイト」
「死んでも参加させますからね。その無精髭が全部なくなる勢いで引っ張ります」
「乱暴だぁ、この相棒が横暴すぎる」
「何とでも言ってください」
相変わらず厳しい相棒の態度にユーシアは泣きたくなった。
――コンコンコンッ。
その時、部屋の扉が外側からノックされた。
それまで漫才のようなやり取りを繰り広げていたユーシアとリヴは、途端に口を閉ざして部屋の扉に視線を投げかける。殺人鬼だらけの祭典に意地でも参加しないつもりだったユーシアも、部屋の扉に注ぐ視線は鋭い光が宿されていた。
扉の向こうに、誰かが立っている。それだけは確認できるのだが、詳細な情報を確かめたければ部屋の扉を開ける他はない。
「リヴ君」
「はい」
ユーシアが手を差し出せば、リヴはレインコートの袖から自動拳銃を滑り落としてきた。弾倉が装填されていることを確認し、迷いなく安全装置を外す。
「だれかきた?」
「お部屋の扉、誰かがノックされたようですが……」
ちょうど客室の豪華なお風呂にはしゃいでいたネアとスノウリリィが、洗面所の扉から顔を覗かせる。洗面所は部屋の扉と近いので、ノックの音がより鮮明に聞こえたことだろう。
洗面所から顔を覗かせる女性陣の肩を軽く押して、ユーシアは彼女たちを浴室に押し戻す。タイル張りとなった浴室は高級ホテルさながらの豪華さがあり、浴槽にはジャグジーまで備わっている豪華さだ。
明るく大きな洗面台にはアメニティが人数分きっちり揃えられており、よく見ればタオルや石鹸の包装紙などにはゲームファンタジア社のロゴマークが刻印されていた。宣伝する必要はあるのか。
不思議そうに瞳を瞬かせるネアとスノウリリィに、ユーシアは「大丈夫だよ」と言う。
「俺とリヴ君で対応するから」
「でも、ユーシアさんとリヴさんはまたあの人みたいに殺すんじゃないですか?」
スノウリリィの怪しげな視線が突き刺さる。意外と鋭いメイドだ、付き合いが長いだけある。
「この船に乗ってる人ってもしかしたら頭の螺子が吹っ飛んでる連中しかいないっぽいから、ネアちゃんとリリィちゃんは鍵のかかる洗面所で大人しくしててくれる?」
「えー」
これに不満を持ったのはネアだ。納得いかないと言わんばかりに頬を膨らませている。
以前、ネアとスノウリリィを知り合いに無理やり預けたら大層拗ねてしまったのだ。その時はいくら何百人単位で善人も悪人も殺してきたユーシアとリヴでも、土下座で謝る羽目になった。成熟してても精神年齢が幼女のネアには悪党も敵わないのだ。
ユーシアは「そんなにぶーたれないでよ」と苦笑し、
「安全な人だったら声をかけるし、もし危ない人でもちゃんとやっつけてくるから。戻ってきたらお店にお菓子でも買いに行こうか」
「じゃあまってる……」
「うん、待ってて」
ネアの頭をポンと撫でてやり、ユーシアは「じゃあ洗面所の扉を閉めるよ」と一声かける。
浴室に繋がる扉を閉め、さりげなくユーシアのキャリーケースも扉の前に置く。「この先には誰もいません」というカムフラージュなのだが、まあ頭のいい奴には通用しなさそうだ。
すでに扉へ張り付いているリヴは、
「どうします?」
「俺が対応するよ。リヴ君は背後から」
「了解です」
しっかりと頷いたリヴは、透明な液体で満たされた注射器をそっと取り出す。針を自分の首筋に添えて、レインコートのフードの下に隠された黒曜石の双眸が「いつでもどうぞ」と告げていた。
ユーシアはなおも諦め悪くノックが続く扉の前に立った。
先程からノックの激しさが増している。まるでトイレを我慢しているかのような激しさとなっていた。乗客を殺害するノルマでもあるのだろうか?
あえて「今開けまーす」とユーシアが声をかけ、
「はいはい、どちら様……」
扉の向こうに立っていた人物を目の当たりにして、ユーシアは言葉をなくした。
「お、何だ。ここってお前らの部屋だったのか」
何気なく挨拶をしてきたその人物は、黒髪の男である。
前髪が長くて後ろ髪が短いという前後で非対称的な髪型で、前髪の下からの覗く黒曜石の瞳が真っ直ぐにユーシアを射抜く。女性が放っておかなさそうな精悍な顔立ちは若く見えるが、実年齢はユーシアにも分からない。
ライダースジャケットというバイク乗りのような格好をした男だが、背負った巨大なリュックサックは妙な空気を漂わせている。それは彼自身が少しばかり特殊な立場にいる証左だった。
「ユーリさん? 何でこんなところに?」
「それよりも匿ってくれ」
男はユーシアに必死の形相で頼み込み、
「ここって人の話を聞かねえ【OD】が多すぎる」
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