航海1日目前半:異常者の祭典
【第1話】
さすが豪華客船と謳われているだけあって、クイーンズメリー号の内部は豪華絢爛仕様となっていた。
「凄いな」
「凄いですね」
目の前に広がる玄関ホールを眺めて、ユーシアとリヴは思わず称賛の言葉を漏らしてしまう。
高い天井には水晶や金銀宝石をあしらったシャンデリアが飾られ、煌々と広い玄関ホールに明かりを落としていた。上等な生地で構成されたベンチやスツールがあちこちに設置され、壁には訳の分からない画家の有名なのかどうなのか知らない油絵が金色の額縁に入れられて飾られている。
さながら高級ホテルを想起させる玄関口は、何本も太い柱が天井を支えている様子だ。1本ずつ丁寧に柱を倒しても天井が崩落する可能性はないだろうが、そんな気配がしないでもない。
大理石の床を軽く踏むユーシアは、
「リヴ君、床が大理石だよ。凄いね」
「高級なホテルみたいですね」
ぐるりと周囲を見渡したリヴは、
「誰もいませんね」
「部屋で休んでいるんじゃないの?」
「そうでしょうか」
「そうだろうよ」
ユーシアはあらかじめミヤビ・クロオミから預かった鍵を確認する。
どこにでもある普通の鍵にはタグがぶら下がっており、真鍮製のタグには『A-110』とある。部屋の番号と見ていいだろう。
だが不親切なことに、玄関口には地図がなかった。これではユーシアたちが宿泊する部屋の居場所が確認できない。周辺には係員すら存在しないので、随分と不親切な豪華客船である。
金具に指を引っ掛けて鍵をくるくると回すユーシアは、
「部屋がどこにあるのか聞きたいんだけど、係員さんとかいないよね?」
「シア先輩の方が視力いいじゃないですか。アンタが見えなけりゃいませんよ」
「だよねぇ」
職業柄、自分の視力には絶対の自信があるユーシアである。そのユーシアが認識できないのだから、やはり係員の類は存在しないと見ていいだろう。
同じく優秀な元諜報員だったリヴが気配を察知できないので、玄関口はユーシアとリヴを除けば無人の状態である。他の乗客は早々に部屋で休んでいるのだろうか。
適当に歩き回って体力を消耗することだけは避けたいところだ。世の中は何が起きるか分かったものではない。
『いらっしゃいませ』
「わあ!?」
「お」
「リヴ君は何で驚かないの!?」
唐突に声がかけられた。
飛び上がって野良猫のような警戒心を見せるユーシアとは対照的に、リヴは謎の声に見当がついている様子だった。彼の視線は玄関口の奥に設置されたパネルに注がれている。
真っ暗な状態のパネルだったが、ユーシアとリヴの存在に気づいて起動したようだ。クリーム色の制服に身を包み、綺麗な身なりの女性のイラストがパネルに表示されてユーシアとリヴに笑いかけてくれる。高級なデパートで見かける受付嬢のような雰囲気があった。
『何かお困りですか?』
「客室が分からないんです。『A-110』の部屋はどこにありますか?」
『向かって右側の通路を進みますとエレベーターホールに行き着きます。A棟フロアは3階から5階となりますので、110号室は3階にございます』
「助かります」
リヴは淡々とパネルに表示された綺麗なおねーさんとやり取りをし、それからユーシアに「行きましょうか」と促した。
「え、リヴ君って普通に女の人と喋れたんだね」
「殴りますよ」
「イッタ!? もう殴ってるんだよ、お前さんは!!」
問答無用で脇腹をぶん殴ってくるリヴに、ユーシアは激痛を堪えながら「暴力反対」と主張した。残念ながらその主張は聞き流されることになるが。
「相手はAIですからね。有益な情報しか与えないので、別に殺しはしませんよ」
「なるほどね。その点、人間は余計なことを言ったり喋らなかったりするもんね」
「そうですよ。ところでつかぬことをお伺いしますが、シア先輩のスリーサイズは?」
「黙秘します」
「殺します」
「嫌です」
気怠げな漫才のようなやり取りを経て、ユーシアとリヴは美人なおねーさんの指示に従ってエレベーターホールへ向かうのだった。
☆
「あ、おにーちゃんだ」
「ごめんね、お待たせ」
エレベーターで3階まで上がれば、ちょうどネアとスノウリリィが待ち構えていた。
ユーシアとリヴの姿を認識したネアは頬を膨らませると「おそい!!」と苦情を叫ぶ。
客室の鍵はユーシアしか持っていないので、先にクイーンズメリー号へ乗船してしまったネアとスノウリリィは廊下で待つ他はなかったのだ。エレベーターホールで再会できたのも、おそらく鍵を持っているユーシアを迎えに行こうという結論に至った影響だろう。
不満げに頬を膨らませるネアの頭を撫でるユーシアは、
「ほら、客室に行こう? 俺とリヴ君を案内してくれる?」
「しょーがないね!!」
ふふんと胸を張ったネアは、
「こっちだよ!!」
「ありがとう、ネアちゃん」
「頼りになりますね」
「えへへへ」
照れ臭そうに微笑むネアは「えへん」と自慢げに胸を張って誤魔化していた。見た目は成熟した大人のレディなのだが、中身が幼児退行しているので仕草が子供っぽく可愛らしい。
純粋無垢な女児を好むリヴはネアのあまりの可愛さに胸を押さえて呻き声を上げたが、元々幼い義妹の存在がいたユーシアは子供の可愛さに慣れていたので笑顔で流すことが出来た。スノウリリィもあまり苦しんでいないのは、元修道女として孤児に接していた影響でもあるのだろう。
今にも膝から崩れ落ちそうなリヴを見下ろしたユーシアは、
「リヴ君、置いていくよ」
「鬼ですか」
「何とでも言いなよ」
ユーシアはスノウリリィに自分のキャリーケースを預けると、蹲ったまま動こうとしないリヴのレインコートのフードを掴んだ。
「ほら行くよ、リヴ君」
「待ってくださいシア先輩、僕は生憎とお荷物ではないのですが」
「いつまでも床に蹲っているからゴミか何かだと思ったよ」
「僕に何てことを」
「ゴミ扱いをされたくなければさっさと起きてよね」
ポイとリヴを放り出せば、彼は渋々と起き上がる。ずれ落ちそうになっていたレインコートのフードを直して、執拗に顔を見せないようにしていた。
「そういえば、船に乗った時から誰か見かけた?」
「いえ、残念ですが見かけていないんですよ」
スノウリリィは首を横に振ると、
「あ、でも1人はお見かけしましたね」
「え、どんな人だった? やっぱり普通の人?」
「…………」
「リリィちゃん?」
スノウリリィの何とも言えない表情で異常事態を察知したユーシアは、銀髪碧眼のメイドさんの顔を覗き込んで問いかける。リヴもさすがにおふざけをするような雰囲気ではないと感じ取り、怪訝な表情を見せる。
「何かあった?」
「実は……」
スノウリリィは非常に言いにくそうに、
「逃げてきたんです、私たち」
「逃げてきた?」
「変な人が廊下をウロウロしてまして……客室の前でユーシアさんたちを待っている時なんですけど。さすがにお話するのが怖くて」
その時である。
「きゃ」
「ネアちゃん!?」
先陣を切って歩いていたらしいネアが、どうやら誰かにぶつかった衝撃で尻餅をついてしまったようだ。「いたーい」と言いながら腰をさすっている。
対する相手は、ネアとぶつかっても手を貸すどころか謝りもしなかった。それどころかボソボソとした調子で歌っているのだ。
身長もユーシア以上に高く、天井に頭が届きそうだ。薄汚れた茶色いコートは膝裏にまで届くほど長く、裾には真っ赤な液体がべっとりと付着してしまっている。ワカメみたいな黒髪は伸ばしっぱなしになっており、長い前髪の隙間から血走った眼球が覗く。
そして何より、その手に握られているのは巨大な斧だった。随分と使い込まれているのか、刃の部分は錆びているし持ち手に巻かれた滑り止めの布もボロボロの状態である。
「きんたろーう、きんたろーう……♪」
間違いない、この男は普通ではない。
「まさかり、かついで、わるものたいじ……♪」
男はゆっくりと、倒れ込んだネアに向かって斧を振り上げた。
「ネアさん!!」
スノウリリィの悲鳴が
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