【第4話】
意外とちゃんとした豪華客船だった。
「わあ」
「わあ」
「わあ!!」
「凄いですね」
「弊社が所有する豪華客船『クイーンズメリー号』となります」
ミヤビ・クロオミの運転する車に乗せられて連れてこられた港には、すでに大きな豪華客船が待機していた。
船体には『クイーンズメリー』という船の名前が大きく描かれており、港に架けられた橋を伝って順々と客が乗船していく。彼らも新作ゲームの体験という甘い言葉に吸い寄せられてきたのだろうか。
かくいうユーシアたちも新作ゲームの体験を目的として豪華客船に乗り込む予定だ。謎解き系のゲームということもあり、船全体を歩き回るならばこれほど大きな船の方が適していそうだ。
「これは凄そうだね」
「ゲーム内容にも期待できそうです」
リヴもゲームに対してやる気満々の様子だ。元よりアニメなどが好きなオタク気質なので、ゲームも得意ということなのだろう。
彼自身、誰彼構わず殺意を振り撒くという欠点に目を瞑れば、頭脳明晰・身体能力抜群という超人的な特性を持っているのでユーシアが出る幕はない。優秀な相棒にゲームの体験を任せて、ユーシアは悠々自適に船の旅を満喫しようではないか。
ミヤビ・クロオミはユーシアに鍵を差し出し、
「客室の鍵となります」
「部屋はどんな感じ?」
「4人用のお部屋をご用意させていただきました」
「分かってるねぇ」
このミヤビ・クロオミという男、意外と仕事が早い男である。さすが日本人、気遣いの鬼だ。
ユーシアは「ありがとうねぇ」とお礼を告げて、鍵を受け取った。
4人用の部屋であれば、かなりの広さがありそうだ。ベッドも上等なものが使えそうである。以前の逃亡生活で利用したホテルはツインルームを無理やり4人で利用していたので、少々手狭に感じていたのだ。
4人用の部屋であればリヴがベッドに潜り込んでくる心配も必要ないし、ユーシアものびのびと足を伸ばして眠ることが出来そうである。これは高待遇だ。
「レストラン等のご利用はお好きな時間にどうぞ。料金は弊社が負担する形式となっております」
「太っ腹だねぇ」
「ちなみに和洋中、その他多種多様なレストランが23店舗ほど営業しております。営業時間は各店舗によって異なりますので、詳しくは客室にありますパンフレットをご参照くださいませ」
「え、日本食も食べられるの?」
「もちろんです」
肯定するミヤビ・クロオミに、ユーシアは「やったね」と嬉しそうに言う。
「リヴ君、日本の料理も食べられるって」
「なかなか金をかけていますね。さすが世界トップクラスのゲーム会社と言ったところでしょうか」
「お褒めに預かり光栄です」
ミヤビ・クロオミが恭しく頭を下げたところで、クイーンズメリー号から汽笛が鳴り響く。そろそろ出港するということを暗に告げていた。
「あ、そろそろ出る時間だっけ」
「シア先輩、急ぎましょう。ネアちゃんとリリィはすでに乗船しましたよ」
「やべッ、完全に置いていかれる奴!!」
ユーシアは自分の荷物と背負った大きめの箱を抱え直し、急いで船に繋がる橋を駆け上がった。乗船には間に合ったようだ。
謎解きゲームの体験という謎のイベントは発生したが、優雅なバカンスは楽しめそうである。まずは日本独自の豪華客船で、日本の料理などを楽しみながら快適に過ごす旅路も悪くない。
潮風を全身に浴びながら、ユーシアは徐々に離れていく港を見やる。
「あれ、あの人って乗らないんだね」
「そうみたいですね」
背後の橋はすでに片付けられ、港にはミヤビ・クロオミだけが取り残されていた。孤独に港へ佇むスーツ姿の男は遠ざかっていく船を静かに見送ってから、ユーシアたちを港まで運んだ黒塗りの車に乗って港を立ち去る。
ゲームの事情を知る人物が船に乗った方が良かったのではないのだろうか。それとも、ミヤビ・クロオミが命じられたのは送迎だけで、ゲームの説明は他の誰かがするのかもしれない。
互いに顔を見合わせたユーシアとリヴは、
「とりあえず客室に行こうか」
「そうですね」
まずは先に行ってしまった女性陣を追いかけることと、客室に荷物を置くことが先決だ。
☆
『船は出航したか』
「滞りなく」
車を運転するミヤビ・クロオミは、ハンズフリーの状態にした携帯電話から流れてくる嗄れ声に応じる。
「【OD】の死出の旅路が始まりましたよ」
クイーンズメリー号は死神の船。
一見すると天国に見える豪華客船で執り行われるのは、世界的に有名な犯罪者同士による殺し合いだ。誰も生き残らず、海の藻屑となって消えるだけ。
そうすれば、世界中を騒がせる【OD】の存在は一掃される。
――これは、浄化だ。
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