【第2話】

 日本はお土産の種類が多い。



「奇抜なお菓子が多いねぇ」



 手荷物を回収したユーシアは、空港に併設されたお土産屋を眺めながら感慨深げに言う。


 建ち並ぶ多数のお土産屋には、多くのお菓子が陳列されていた。饅頭やサブレなどデザインから箱までこだわっているのか、思わず手に取ってみたくなってしまう商品ばかりだ。

 バナナの形をしたお菓子が詰め合わさった箱を手に取れば、ノーマルの味から抹茶味やいちご味など多彩な味が勢揃いしていた。中には期間限定で黒蜜きなこ味という渋い風味もある。なかなか興味深いお菓子だ。


 手に取ったバナナの形のお菓子を棚に戻し、商品の見本品を眺めるユーシアは「ほえー」と間抜けな声を漏らす。



「こだわりが凄い」


「日本人は食に対して飽くなき探究心が凄いですよ」



 女児用アニメとコラボしていると銘打たれた饅頭の宣伝看板から視線を外さないリヴは、



「何しろ腐った豆とか食べますからね」


「何食ってんだ、日本人」


「僕は好きなんですけどね、生卵と一緒にご飯を掻き込むのが最高なんですよ」


「な、生卵……?」



 平然と言い放つリヴに、ユーシアは懐疑的な眼差しを送る。



「生卵も食べるの? 日本人って身体を鍛えるのが好きなの?」


「ちゃんと生食用の卵が販売されているんですよ。シア先輩も日本食に慣れたら生卵かけご飯は至高の一品と言うでしょうね」


「絶対に言わない。考えられない」



 そもそも卵をそのままご飯にかけて食べるという芸当が考えられないのだ。今のユーシアには相容れない思考回路である。

 恐ろしきかな、日本人。腐った豆とか、生卵とか、食に対するこだわりが強すぎるのも如何なものだろうか。日本食は海外の旅行者からも人気が高いと飛行機内に置かれていた雑誌で読んだが、こんな奇天烈な食べ物にわざわざ挑戦するような連中しか訪れないのか。


 げんなりした表情のユーシアだったが、唐突にネアが「たいへんだ!!」と叫んで現実に引き戻される。



「どうしたの、ネアちゃん?」


「おにーちゃん、ひよこさんがうられてるよ!?」



 籠の中には大量のひよこの形をした饅頭が詰め込まれており、どうやら箱で売っているものをバラバラにして売り捌いているようだ。1個当たりの値段もお手頃で、歩きながら食べるのに向いていると言えよう。

 見た目は確かに可愛らしいひよこだ。つぶらな瞳に小さな嘴、丸い体型は今にも動き出しそうな気配がある。純粋無垢なネアが本物のひよこと見間違えてもおかしくない。


 籠からひよこ型の饅頭を手に取ったスノウリリィが、



「ネアさん、これはお菓子ですよ。ひよこの形をしたお饅頭です」


「たべちゃうの!?」


「中身は餡子のようですね」



 ガラスケースの中に収められたひよこ型の饅頭の見本品は、身体が左右に真っ二つとなった無惨な状態を晒していた。中身は確かにこし餡がギッチリと詰まっており、ひよこらしさは見た目だけに留まっている。


 見本品を目の当たりにしたネアは、顔を青褪めさせてガラスケースから距離を取る。純粋無垢な精神を持つネアに、真っ二つとなって中身の餡子を晒し続けるひよこの無惨な姿は耐え難いものだった。プルプルと今にも泣きそうになっている。

 饅頭如きに感情移入してしまった金髪の少女は、スノウリリィから徐々に距離を取るとユーシアの背後に隠れてしまった。ちょっとさすがに見せたものが悪かった。



「何を泣かせているんですか」


「ただのお饅頭なのに!?」


「ネアちゃんを泣かせるとは言語道断です。たとえお天道様が許しても僕は許しませんよ、焼却炉に叩き込んで殺してやります」


「止めてください!?」



 びよーんびよーん、と銀髪碧眼のメイドさんの頬を引っ張って不穏なことを宣う邪悪なてるてる坊主は放置して、ユーシアは背後に隠れたネアを見やる。



「ネアちゃん、あのひよこさんはお菓子なんだって。食べるなら買うけど?」


「んーん、いらない……」



 ネアは首を横に振ると、



「かわいそう……」


「じゃあ食べたいお菓子はある? 買ってあげるよ」


「ほんと?」


「1個だけね」



 ネアは「やったあ!!」と喜ぶと、早速とばかりに棚からお菓子を物色する。甘いものが大好きな彼女にとって、普段は見たことがない様々なお菓子を陳列する空港のお土産屋は天国のような場所だろう。

 色々とお菓子の箱を見て回ってから、彼女はようやく飴玉が入った缶詰を持ってくる。缶詰にはネアが好んで見ている魔法少女もののアニメのキャラクターが描かれており、女児が好みそうなデザインとなっていた。


 キラキラとした瞳で缶詰を抱えるネアの頭を撫でたユーシアは、



「じゃあお金をあげるから、リリィちゃんと一緒に買っておいで。そろそろ本気でリヴ君に殺されそうだから」


「うん!!」



 財布から取り出した日本円を握りしめたネアは、リヴに頬を引っ張られているスノウリリィに背後から抱きついた。



「りりぃちゃん、これかいにいこ!!」


「その缶詰ですか? お金は?」


「おにーちゃんからもらった!!」


「わ、わあ!? ネアさん引っ張らないで、危ないですよ!!」



 嵐のようなネアの行動になすすべもなく引き摺られるスノウリリィは、レジ台まで連行されていった。


 殺意を純粋無垢な精神を持つネアに邪魔されたリヴは、少しばかり不完全燃焼気味に戻ってくる。レインコートのフードの下にある彼の儚げな顔立ちは不機嫌そうに顰められていた。

 リヴの膨れた頬を指先で突くユーシアは、



「気づいてる?」


「ええ、まあ」



 様々な旅行者が行き交う中で、怪しげな視線がユーシアとリヴの背中に容赦なく突き刺さっていた。


 濃紺のスーツを身につけた若い男である。20代後半から30代ぐらいと見積もってもいいだろうが、日本人は童顔が多すぎるので見た目だけで年齢を判断することが出来ない。

 清潔感のある黒髪を整髪剤で固めて真面目な印象を演出し、黒縁眼鏡の向こう側で輝く黒曜石の双眸はユーシアとリヴの背中から外れることがない。ただ何をする訳でもなく、通り道のど真ん中に突っ立ってじっと見つめているだけだ。


 不思議なことに、彼の存在に誰も気づいていない。影が薄いのか、それとも触れてはならない雰囲気でも出ているのか。警備員ですらスーツの男に話しかけることはなかった。



「気味悪いんで殺した方がいいですか?」


「せっかくのバカンスだよ。それに日本は治安国家だし、目立つような犯罪はなしなし」


「ちぇ」


「可愛く言ってもダメだよ」



 気味悪いことこの上ないのだが、相手が何かを言ってこない限りは殺す必要もないだろう。無駄な殺生はしばらく止めて、日本観光を楽しみたいところだ。

 定住するようになったら、まあ生きる為に殺すことはある。殺して奪ってまた殺して、と繰り返すのだ。米国の地方都市を恐怖に陥れたあの時のように。


 そんなことを考えていたユーシアだが、



「?」


「消えましたね」


「そうだね」



 背後で感じていた視線が、唐突に消えたのだ。見れば先程まで男が立っていた場所は空洞になっている。

 まさか幽霊ではなかろうか? いいや、そんなはずはない。いきなり幽霊が見えるようになったら、それこそ異能力発現である。


 ユーシアは「ひえええ」と声を漏らし、



「日本の幽霊って陰湿だから俺は嫌いだよぉ」


「なんまいだぶ、なんまいだぶ」


「リヴ君、お経でどうにか出来たら【OD】はいらないし【DOF】は世界で最もハッピーなお薬になるよ」


「現時点でも世界で最もハッピーなお薬じゃないですか」



 急に霊視の能力に目覚めたかと怯えるユーシアとリヴだったが、



「ユーシア・レゾナントール様とリヴ・オーリオ様ですね?」


「ほょッ!?」


「さつッ!?」



 いつのまに現れたのか、スーツ姿の男がユーシアの隣に立っていたのだ。


 驚きのあまり、ユーシアは背負っていた箱を放り投げそうになり、リヴは猫のように飛び退ってレインコートの下から自動拳銃を取り出しそうになっていた。ぶかぶかの袖から黒光りする何かが一瞬だけ垣間見えた。

 この男、驚くほど気配がなさすぎる。どうしてこんな気配を消して近づくことが出来るのか。ユーシアもリヴも気づかなかったとは、本物の暗殺者か?



「驚かせてしまって申し訳ありません」



 居住まいを正すスーツ姿の男は、



「お迎えにあがりました」

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