第43話 Back to the 2023 3

「学校に逃げよう」


 増田さんの提案で、僕たちは通りを渡って、校門に続く道を歩いた。

「もし見つかったら裏門に抜けられるし」


「そうだね……」


 校庭も中庭もバイクが傍若無人に走り回れそうなのが気になったけど。


「もう追いかけてこないわ」


 僕と増田さんは、施錠されている大きな校門の横、傾斜になっているブロックに沿って落ちないように歩き、簡単に侵入した。


「確かにバイクでは無理か」

 そうは言ったものの、夜の校庭はやはり不気味だ。明かりが一つもない。


「さっきはありがとう。ロケット花火凄かったね」

「ごめん……当たらなかった?」


 あのときはヤケクソだったとは言えない。


 増田さんは首を横に振って微笑んだ。

「平気よ。バイクにはかなり当たってた……多分、花火の騒音で近所の人が警察に通報したよ。河井君のおかげ」


「そうかな。じゃあ、あいつらも無事かな?」


「警察署で事情を聞かれているかも……えっ? なんか光ったよ」

 増田さんが僕を軽く突いた。


「なに? それは余計怖い……戻ろうか?」


「大丈夫よ。柏木たちだよ」  


 いや、それはないと思う。


「ビンゴー!」


 かすれた声。よく見るとさっきの前髪金髪逆立ち男が一人で立っていた。

 懐中電灯を持っている。


「まさかまさか、本当にこっちに来るとは思わないだろぉ? お前ら馬鹿か!」


 にやにやしながら金髪が言う。別れて探していたのだろうか?どこまで暇なやつらだ。


「香織や上原君たちに手を出してないでしょうね?!」

 増田さんが低い声ですごんだ。男はヘラヘラしている。


「どうだか……なんで俺はここに来れたと思ってる?」


 僕は後退りした。夜の学校ではもう誰も僕たちの声に気づく人はいない。


「増田愛ちゃんさぁ、君が俺の彼女になってくれれば、お友達には優しくするよ〜」


 なにこいつキモイ。

 増田さんはふるふると震えていた。


「気持ち悪いー!」


 そう言って増田さんは僕の手を取って、逃げ出した。


「逃げる体力あるのかよ?」

 

 足がもつれ、前髪金髪に増田さんはあっけなく捕まってしまったが、彼女は金髪の腕に噛み付いた。


「痛っ。このアマー」


「せーの!」

 僕と増田さんは、協力して同時に金髪の胸のあたりを思いっきり突き飛ばした。金髪の体はどしんと派手に倒れた。


 僕たちは中庭に回った。

「あれ?なにかな、光ってる……」


また不良の仲間?もう勘弁してほしい。


「もう走れない………なんだろう? 懐中電灯ではなさそうな……」

「焼却炉のほうね」


「おい!まてこら」

 声が後ろから迫ってきていた。


「ねえ、あれ!」

増田さんが前を指差した。

光の正体は焼却炉の扉の中からだった。


 僕たちは急いだ。

「待って増田さん、触らないで」


「河井君、中に入ろう」


 ダメだ。焼却炉に入ったら絶対にダメだ……増田さんになんて言えばいいのか。


「増田さん中は汚いよ。ダメだよ」


「こうなること知ってたのね、河井君……だからよく焼却炉のこと考えてたんだ……」


 僕はなにも言えなかった。

 増田さんが後ろの入り口から入ってしまった。

「ずるいよ、私だって入りたい」


「いや、ちょっと待って」

 慌てて僕も入った。中は焼けたゴミ屑が残っている。僕は増田さんの服を引っ張った。


「河井君離して。ほら中が……進めるよ」

「ダメだ、出るんだ!」


「どこだぁ? 愛ちゃんー!お友達から始めてください〜なんつって」

外から声が聞こえた。気持ち悪いしバカみたいだ。


 もちろん僕は思い出していた。

 隣りのクラスの男子に追いかけられ、この中に咄嗟に逃げ込んで……。

 こっちの世界に来たことを-。


「もう出れないよ」

 増田さんがどんどん進んでいき、僕も追いかけた。本当にトンネルがある。


 ガゴンと焼却炉を蹴られるような音ー。


 僕と増田さんは急いで進んだ。


 そうだ!


 行けない。行ってはいけない。行けない。行きたくない……僕は念仏のように唱えた。僕たちは決して他の時代には行かないぞ-。


「光ってるよ」

 扉が勝手に開く。


 煌びやかなネオンが目に入ってきた。


 ここは?

 どこだ?


 もう校庭じゃない。増田さんはふらふらしながら外に這い出た。


「ここは? ここはどこ?」


 増田さんが、嬉しそうに僕の体を揺さぶる。僕たちの目の前を二人の若者が通り過ぎた。


「ああ……まずいぞ」


 僕と増田さんは…………。


 令和に戻っている-。


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