第39話 カラオケの時間 1


 駅から15分歩いてカラオケ店に入ると、柏木のいとこはまだバイト来ていなかったので、みんな少し居心地が悪くなった。

 でも伝言は受けていてようで、すぐ部屋に通してもらった。


「夕方6時までしか中学生はいれないから気をつけて……って、いとこが言ってたよ」


「そうなんだ」

 昭和にタイムスリップする直前、父親が単身赴任先から戻ってきていたので、家族で明るい感じのカラオケルームに行ったけど、随分雰囲気が違うな。

 

 昭和のカラオケボックスは古くて暗くてなんだか怖かった。他に人も見かけない。


「カラオケ終わってから釣具屋さんで花火買おう」

 柏木の提案にみんな頷いた。

 海に降りていく道路沿いに釣具屋さんがあって、そこに花火が置いてあるらしい。


「え?」

 個室に入って思わず声が出てしまった。楓が耳元で呟く。

「余計なこと言っちゃっだめだよ。システムが違うから」


 電話帳のような太い本が2冊……タッチパネルで操作するやつは見当たらず。


もしやこれが噂の?テレビで見たことがある。昔は電話帳みたいな太い歌本を開いて曲を決めていたと。次々新曲が出ていると思うけど、どうするのだろう?


 これか……。

 思わず触ってページをめくる。これは令和世代には結構大変なんじゃ……。次々新曲が出ていると思うけど、どうするのだろう?


「河井くん歌う気満々じゃない」

 と香織さん。僕は本を少し閉じた。


「いや、まさかまさか。僕カラオケ苦手で」

 本当にあまり得意ではない。


「へえ、じゃあ入力してくれる?」

 と柏木が意地悪そうに言う。

「4578の……わかった?」

早口で言う柏木。


「え? 暗記してるの?!初めて見たよ」

 上原君が驚く。


「いやだ怖い。気持ち悪いー」

「ほんとほんとー。河井君、入力なんてしなくていいんだよ」

 と香織さんと増田さんが囃し立てる。


「記憶力いいから覚えるつもりなくても覚えちゃうの。重い本開かなくていいんだから楽だろ?」


 柏木が自慢化に言うと、楓がボソッと囁く。

「曲の番号覚えるなんて流石だね」

「いやぁ、それほどでも」


 クレヨンしんちゃんか……。

 柏木は自分で入力を始めた。みんなでメニューを見ていると、上原君が立ち上がった。

「トイレ行って来る」

「……僕も後で行こう」

 本当は一緒に行きたかったけど、嫌がられそうで一緒にとは言えなかった。


 楓が映画のパンフレットくらい薄い本を僕に見せてきた。太い歌本に隠れていた。

「ここに新曲リストがあるよ」


 なるほど……こうなっているのか。定期的に歌本を作り替えるのは大変だな。


 少しして上原君が神妙な顔つきでトイレから戻ってきた。


「……悪そうな人たちがいたんだよ……受付に」

 隣の増田さんに伝える上原君。

「え? どんなだった?」

「高校生くらいの男の人達。不良っぽい感じの」

 香織さんも尋ねる。

「ほんと? 男の人だけ?」

「うん、見たのは三人かな。なんか目が合っちゃって」

「この辺はヤンキー多いからね」

 香織さんが言う。


 ヤンキーってやっぱり昭和は多いのか。

 嫌だなぁ、不良全盛期……ヤンキーがかっこいい時代なんて最悪なんだが。漫画の世界ならかっこよくて全然いいんだけど……。


「目を合わせないようにしようね。絡まれても嫌だもん」


「うん、女子は二人でトイレとか行ったほうがいいよ。ここ暗いし」

 上原君が言った。


「そうだね。可愛いから連れて行かれちゃうかもしれないから」


 僕が言うと、嬉しいこと言うじゃーん河井君、と香織さんにからかわれる。


「ちょっとー!! 拍手は? 」

 柏木が尾崎豊を歌い終わったのに、誰も拍手をしなかった。


「柏木、尾崎禁止だよ。毎回そればっかり」

と香織さん。


「二人はよく来るの?」

 僕が尋ねると、香織さんはちょっと照れくさそうに言った。


「あ……実は授業が半ドンになってから、柏木と上原と私と愛の四人で来たんだよ」


 え?ダブルデートってやつですか?


 香織さんはそう言うと、次は私の曲〜と言いながら中森明菜の曲を歌い始めた。この歌は聞いたことがある。かっこいいな。


 なんだ……。


 香織さんの上手な歌を聞きながら思った。

 上原くん……もう心配しなくても良さそうじゃないか-。

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