第38話 1989年の夏休み


 終業式近くにある海の日は、夏休みを知らせる大事な祝日だと思ってたけど、1989年はまだ存在していない。


 夏休みの二日目。気のせいかもしれないけど、令和の猛暑よりは過ごしやすいと思った。


 今日はいつものメンバー、僕と楓、柏木、上原、増田さんと香織さんでカラオケをして、それから花火をしようと計画をしている。

 前から結構楽しみにしていた-。



 令和で焼却炉に逃げ込んだらタイムスリップして、僕は1989年……昭和63年の夏休みにいる。

 こちらの世界に来て二ヶ月。いろいろなことが僕の周りで起こった。仲間もできた。


 土曜日に半日学校があるのも驚いた。でも結局一人で家にいるのも心細い。唯一の娯楽のテレビもそこまで夢中にはなれないし、楓に相談もあった。だから土曜日に学校に行くのは悪くなかった。


 ただ先生たち数名は本当に恐ろしく……。


 宿題を忘れるとひっぱたかれるし、授業で答えられないとひっぱたかれた。

 掃除中に話すとひっぱたかれるし、なにもしていなくてもひっぱたかれた。

 学校では体罰が日常茶飯事に行われていた。


 どうして、僕たちがこの時代、この場所にタイムスリップしてしまったのか……。


 それは-


 楓は未来で自殺してしまう上原君の未来を変えるため。

 僕は叔父さんを外階段の事故から回避させるべく、この時代に来たのだ……多分。


 だから僕たちは引き続き、上原君と夏休みも楽しく過ごすことをミッションとしていた。 


 広樹叔父さんの事故については、未来で崩れる外階段を燃やしたことで決着がついたと楓と話し合った。

 

 火事の後、焦げた階段にロープが巻かれていて、近々取り壊すと張り紙が貼られていたのだ。

「やった甲斐があったね」と僕がいうと、「なせば成る」と楓は言った。


 いや……それは勉強とか仕事とか、努力の成果が出た時に使う台詞だ。犯罪をしといてなせば成るって言われても……。


 あとは火事のときの柏木の話の考察-。


 楓がこちらの世界に来て、初めて認識した人は、柏木。僕は増田さん。お互いになにか伝播していると楓は言う。


「お互いなにか繋がっているというか……」


 このことについては、僕も思い当たることがいくつかあった。

 僕がガスバーナーを炎上させ、矢作にもさんざん叱られた日……僕は心がバキバキに折れて、焼却炉に入って元の時代に帰ろうと試みた。

 そこにタイミングよく増田さんが現れたのだ。あれは違和感があった。


 あの時は味方もいないし、かなりこの時代にうんざりしていたんだ。

 焼却炉に今日こそ入ってやると言う強い意思があった。

 それが増田さんに伝わり、あそこに現れたのかもしれない……。

 そんなことを考えていると玄関のチャイムが鳴った。


「ごめん少し遅くなった。待たせちゃった?」

「いや、全然」


 二人で早歩きで駅まで歩いた。西里町は平和でいい町なのだけれど、住宅地と小さなスーパー以外なにもなかった。


 なので、カラオケをするとなると隣りの駅にまた行かねばならない。


「河井君、君は気づいたんだろう?」

「なにが?」

 そっけなく言う僕。


「増田さんに対する気持ちだよ」

「…………」


僕は、あーと言った後黙っていた。

「彼女を見たときに恋に落ちたと思ったんだろう?」

 ストレートに言われとても恥ずかしいのだが。

「うーん」

「……僕も柏木と目が合った時、なにか眩しい光みたいなのを感じたから」


 なんだと……。


「……だったら早く言ってよ」と僕。


「君の初恋を、勘違いだよなんて……あまりに悲惨過ぎるだろ?」


 いらない気遣いなんだけど。

しかも悲惨ていう言葉を使われると、余計に傷つくだろ……。


 この前みたいに誰かが遅れて来ることもなく、今日は全員時間通りに集合した。

 カラオケの店は、柏木のいとこがバイトをしている店だった。


 中学生だけでカラオケ店に行ってはいけないと『夏休みの過ごし方』には書かれていた。

 そこで僕たちは、お店でバイト中の柏木のいとこが一緒にいることにしようと決めた。


「誰かに見られてバレないかな?」

と、香織さんが言う。

「誰に見られるんだよ。て言うか、カラオケのなにが悪いの?」


 開き直る柏木。僕もこれにはほぼ賛成で、別に悪いことをしているわけじゃない。

 老人会館に不法侵入する方がよっぽど酷い。

 

 このときはなにが悪いかまるでわかってなかったんだ。


 今夜、僕たちは大きなトラブルに巻き込まれる。


 まだこのときは誰も知らない。

 全く取り返しがつかないことがこれから起きるのだ。



 


 

 

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