第37話 上履きが降ってきた

 生徒の上履きを運動場に投げる……?


 最初は、みんなわけがわからず黙っていた。だけど次第にざわついてきたんだ。


「どういうこと?」


 僕は前にいる柏木に話しかけた。出席番号順で座っていたから、柏木が前にいた。


 生徒たちの声を遮るようにもう一度大声で、矢作が言った。


「あの下駄箱はお前たちの上履きを入れる場所じゃない!」


「お客様用です。来賓用の棚に上履きを入れている者! 二年生と三年生、運動場に投げてあります。上履きを拾って下さい!」


「エッー!」


 すさまじいどよめき。でもほぼみんな笑っていたけど。


「まじか」

後ろを見ると楓もニヤニヤと笑っていた。


 ゴンが笑顔で続けた。

「一年生、こうはならないように。ダメな先輩たちですからね」

 

「この馬鹿な先輩たちをよく見てください」

 と矢作。本当に皮肉が上手い。


 重い鉄の扉の向こう側、校庭を見ると大量の靴が……本当にたくさんの白い上履きが放り投げてあった。投げたというより、空から降ってきたよう-。


「昇降口に回ってくださいよー、靴に履き替えてから運動場に出てください」

 矢作が嬉しそうに言う。


「俺はちゃんと袋に入れたけど、みんなの探すの手伝うよ」


 さすが柏木、と言うと……。

「他の奴の上履きと重ねて入れるとか汚すぎ」

 とバッサリと言われた。


 僕たちは、わーわー言いながら、まず通学靴に履き替えた。そして一斉に運動場に出た。みんな焦って自分の靴を探したよ。


「なんかあれだな。空から蛙が降ってきたって変な映画があって……あの蛙って……」


「なに?」


 やばい……。

 昔の映画だからいいかと思ったけど。絶対に今いる世界より後の映画だ。絶対に昭和じゃない……。


「へえ、河井博学じゃん。昔アメリカで竜巻があって、空から蛙が降ってきたらしいよ」


 柏木のほうが断然博学なんですけど。


「あぁ、そうそう。聞いたことあるなぁと思ってさ……楓、上履きあった?」と僕。


 楓は首を横に振った。気がつくと楓も横で探していた。


「河井君、シュールな光景だね、なんかちょっと昭和って面白い」

 楓はツボにはまったのか、ずっとニヤニヤしている。

 まぁ、みんな笑っていたんだな。笑うしかないだろ?

 増田さんはどこにいるかな?三年生もいて、もうわけがわからない。


 だってその靴の量っていったら、200人分以上で(真面目な女の子たちは袋に入れていただろうけど)だから片方ずつ数えると、400個近くが落ちてるんだ。異様な光景だよ。

 

 運動靴ならまだしも、外では決して履かない白い上履きだから、非日常的でホラーに感じた。しかも結構バラバラに遠くに飛んでたよ。


 矢作のやつも「この野郎!」って、思いっきり投げたんだなって思うと笑える。

「我慢の限界だ!」って。


多分、他の先生も手伝って投げたんだ。だから演奏を聴いているとき、矢作やゴンは笑ってたんだ!


「最悪なんですけど~」

「俺のねえよ」

うんざりしながら、皆が上履きをひっくり返していた。

「私のもない~」

「汚いな。これ名前ないよ。どうすんの?」

「山田、こっちに片方あるよ!」

「あー、投げて!」


 みんな必死で腰を折って探したよ。まるで上履きの中に金があるんじゃないかって勢い。ゴールドラッシュの時代って、こんなふうにみんな地面に顔をくっつけて金を探したのかな?


「やっぱ矢作っていかれてるって!」

 誰かが言った。


 たけど僕は笑っていたし、周りのみんなもこのときは笑っていたよ。これは本当に笑っちゃったよ。笑いのツボにぴったりとはまったんだ。上履きが運動場に400個散らかっている光景ってのが。


「河井君のあったよ!」

「あ、ほんと?ありがとう」

 クラスメイトが声をかけてくれた。


「楓のこれじゃない?」

 柏木が楓の上履きを指さしている。


 あのときは怖い先生たちも笑って見ていたんじゃないかな。


 そんなことがあって、その後わりとすぐに夏休みに突入した。



 

 

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