第36話 芸術鑑賞会の時間 2
体育館でオーケストラのコンサートが始まった。三、四時間目の授業がなくなって、そのまま給食なのも嬉しい。
コンサートは音楽の授業で聴くようなクラシックだけじゃなかった。
楽団の人たちは僕たちが退屈しないようにアニメや映画の主題歌を間に挟んだり、コントみたいなこともやってくれた。
カルメンの演奏を聴きながら、貯水槽での会話を思い出していた-。
「脅迫文は河井が犯人だと思ってたからな」
柏木が笑った。
「あれだけ老人会館に入るの嫌がってたから河井って思うだろ?お前は優しいから、楓のせいにすればすぐ自白すると思って……悪かった……」
「僕も河井君だと思ってた」
楓までそんなことを。
「なぜ必死で、河井を庇うのか不思議でね。ノートを持って裸足で走っちゃうなんて。君たちの関係はなに?僕も協力させてよ。君たちに濡れ衣着せちゃったからさぁ……」
柏木は真面目な顔で付け加えた。
「恩返ししたい」
「結構です」
キッパリと楓は断った。柏木は耐えられず、吹き出した。バッサリかよって。
「ていうか部活も大会も負けたし、少し暇なんだよ。仲間に入れてよ。なんでか楓と河井のことばっかり考えちゃうし」
いや、考えなくていいです。
て言っても考えてしまうのは僕にも起こっていることなのだろうか?増田さんのこと……。
「なんにもないよ。僕は建物に忍びこみたくなかっただけで……楓は変わり者なだけだし」
「酷いこと言うね」
楓が呟く。
「本当だろ」
と僕が突っ込んでいると、ほんと仲いいよなと、柏木が言ってきた。
「K連盟はどう?」
「はい?」
柏木の言葉を聞き返した。
「柏木、河井、楓……みんなKがつく」
あ……ほんとだ。でもなんかダサいな。
「赤毛連盟のオマージュだよ」
「なにそれ」
僕が言うと柏木は、シャーロック・ホームズと言った。
「楓はくせ毛連盟かな」
と言って柏木は一人でウケていた。元ネタがよくわからなくて僕は無反応だった。
「嫌です。僕は人見知りだから」
楓が呟いた。
「今更……まぁ、君たちが放火した事、知ってるのは俺だけだ。楓がなにか強く考えてると、僕の頭の中に入ってくるみたいだからな。僕は君たちの弱みを握ってる。じゃあね、遅くなると親に怒られるから」
ふふっと笑って、柏木は貯水槽の空き地から走って家路に急いだ。
心臓が飛び出すんじゃないかと思った。この際、全部話してしまったほうが楽なんじゃないかとさえ思った。
ふと我に返ると、アンコールが沸き起こっていた。
あれ?もう終わり?
降りた幕がまた上がると同時に、ドラゴンボールの演奏が始まり、みんながうわーと声を出し、手拍子をして盛り上がった。
最後はルパン三世のテーマで、スタンディングオベーションが起こって盛大な拍手で幕が下りた。
そしてその時、ゴンや矢作までもが、とても嬉しそうに微笑んでいたのが印象的だった。
音楽ってやっぱり、みんなの気持ちが豊かになって穏やかになるんだなぁって思ったんだ。
そして、その後のことが実は一番面白いところなんだけど……。
体育館に入るときは当たり前だけど、体育館履きに履き替える。
だけど2023年の僕の中学では上履きのままの奴がいた。もしこっちでそんなことをしたら……言わずもがな……。
体育館履きの袋に上履きを入れ替えて、上履き持ち歩く。だけど体育授業とか、一部の生徒がだんだん袋に入れなくなってしまった。
で、上履きはどこに置くかっていうと、来賓用の綺麗な下駄箱に入れちゃうようになった。暗黙のうちに。
だけど全学年が集まるときは、必ず袋に入れないといけない。全然足りないから。
でもこの日、一部の生徒が来賓用の下駄箱に入れてしまった。
そうすると、つられてみんな真似をしてしまう。僕、上原、高崎ももちろん増田さんも楓も……。
一番最初に体育館に入っていた一年生たち五クラスはそんなことはせず、しっかり持っていた。
次に三年生が体育館に行って、来賓の下駄箱に入れちゃったんだな。だから2年生の僕たちも習うように入れてしまった。
300人以上の上履きがその棚に入るかといったら、全然入らない。
だから床に置いたり、人の上履きの上に乗せたり、さらにその上に押し込んだ。
しまいに男子なんて、下駄箱の一番上に放り投げたりしたんだ。
なんでそんなことをしたのかよくわからない。
普段はしないと思うけど、魔が刺したってことなのかな?
コンサートが終わって教室に帰るときだった。矢作がマイクを使わずに淡々と言ったんだ。
「えー、お前たちの上履きを運動場に投げました」
きっぱりと言った。
はい?
「お前らの上履きを、運動場に投げました!」
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