第40話 カラオケの時間 2


 歌ってる香織さんに合いの手を入れたり拍手を送っていた。


「河井ショック?」

 柏木が唐突に僕に話を振る。


 上原君と増田さん、柏木と香織さんの四人でカラオケに来ていたのは初耳だったけど、別にぃ〜ショックなんかじゃありませんけど……。


「え? なんで?」

「いや、増田のこと好きだったかなって……ちょっと前まで」


「あはは……」

 柏木のやつ、少しは気を使って欲しい。


「いや……僕はファンなだけ。本当に嬉しいよ、上原君と増田さんが付き合ってるの。だってお似合いだし……本当だよ」


「ありがとう」

 と増田さんが照れながら言った。やっぱり可愛いなと思う。

 歌い終わった香織さんにみんなが拍手を送ると柏木は不服そうだった。

「なんだよー俺には誰も拍手なかったぞ」


「……いつから付き合ってるの?」

 僕は増田さんに聞いた。彼女は首を傾げ-


「うん? 付き合ってるのかなぁ?」


 うわぁ……。


 確かにこれはあざと過ぎる。 

 あざと可愛い。


 楓がバタンと歌本を大きな音を立てて閉じた。そして唐突に外に出て行った。


「あ、楓君?」

「……トイレじゃないの?」

 増田さんが声をかけると、柏木がそっけなく言う。

「楓君、絡まれなきゃいいけど」

 増田さんが困惑した顔でいった。


「ヤンキーだって、話すと案外普通の人だよ。偏見偏見」


 ならいいんだけど……。


「それで上原、ちゃんと言ったら?増田に」

「え?……あ……」


 上原君は、急に隣の増田さんの方に向き直った。

「……あ……僕も好きなんで、付き合ってください」


 数秒の沈黙-。


 キャー!とその後、香織さんが叫んだ。柏木も驚いている。

「うわ、いや……ここで言えって訳じゃなくて……そろそろはっきりしてあげたらって言う意味だったのに」


「え?あ、あぁ……そうか」


 上原君、まさかの公開告白-。

しかもこんなカラオケボックスで告白しちゃうなんて……。


 増田さんも突然のことに顔を真っ赤にしている。

 僕まで微笑ましくて幸せに思えた。

 もう上原君の将来も大丈夫そうだよな、これなら。


「……香織、ちょっと外にいい?」

 増田さんがドアを指差す。

「私も……急いで行ってこよう。トイレ行ってきまーす」

 女子二人がわちゃわちゃしながら出て行く。

「じゃあ、僕そこまで行くよ」

 上原君も出て行った。上原君、雰囲気違ってきた気がする。なんだかかっこいい-。

 彼女ができると、こうも人って変わるんだな。


「河井……心配すんなよ、俺と楓がいるだろ?」

 残された僕と柏木。柏木は肩を組んできた。

「心配なんてしてないけど」


 自分だって彼女いるくせに。香織さんが……。

 

 楓が入れ替わりに慌てて戻ってきた。


「あの……怖い高校生の人達って……なんか西里中の卒業生?」


「え? なんでわかったの?」と柏木。


「矢作は今、何年を教えてる? とかトイレの所で話してて……お礼参りがどうのこうのって」


「……ここ出た方がいいかもしれない」


 柏木が真面目な顔で言った。上原君も戻ってきた。

「どうかしたの?」


 柏木が説明すると、上原君が目を見開いた。


「あぁ、どっかで見たことある顔だと思った。西里中の先輩……なら逆に大丈夫じゃないかな? 変なことしてこないだろう?」


 柏木と上原が話してる間に、僕は楓に小さい声で話しかけた。

「ヤンキーだけど、お礼参りできるくらいだから、礼儀正しい人じゃないの?」


 飲んでた炭酸を楓が吹き出した。僕はむせている楓の背中をさする。


「なに? 大丈夫?」


「河井君あのね、不良が使うお礼参りって……お礼をされたらお礼を返すけど……殴られたら殴り返しに参るってことだよ」


「え? そうなの?」


 怖い、なにそれ。

 そんなのわからないよ。不良漫画も読まないし。矢作や清原にするお礼参りって、絶対殴りに行くってことだ。冗談で言ってるだけかもしれないけど関わりになりたくない。


「香織と増田遅いな……」


 告白されてトイレで舞い上がってるんじゃないかと思ったけど……。


「話し込んで目をつけられなきゃいいけど」

「興奮して周りに迷惑かけなきゃいいけど」

 柏木と楓も同じように思っていた。


 そのとき香織さんと増田さんが戻ってきた。二人はクスクスとまだ笑っている。


「大丈夫だった?」

 上原君が聞くと、増田さんが答える。


「うん、大丈夫だよ。あ、受付のとこで偶然西里中の女の先輩に会って……これからどこかに行くの? って聞かれたの」


「え? それで?」

「花火するって言ったけど」

 と香織さん。


「花火はやめよう」

「え? なんでよ」

ムッとする香織さん。


「帰る準備して」

「は? もう帰るの?」

「そうだよ」

「聖子ちゃん歌いのに……」


 解せない顔をしている香織さんと増田さんに柏木が言い聞かせ、カラオケの個室から出た。

 店も人が増えていて、個室のガラスのドア越しに人が入っているのが見える。


「ごめんごめん」

 受付に柏木のいとこがいて、話しかけてきた。大学でレポート提出があってバイトに遅れてしまったらしい。

「徹、また今度ゆっくり話そうな……この間は楽しかったね。愛ちゃん、香織ちゃんまた来てね」


 香織さんと増田さんに手を振っている。

 受付横のラウンジのようなスペースに男が一人いて、こちらのやりとりを見ていた。

 なんだか気味が悪い。


 金髪の前髪を立てて固めていて、よく目立つ。煙草を吸っているけど、明らかに高校生だ。上原君たちが見た人だろうか?


 通りを暫く黙って歩いていた。柏木が上原君に話しかけた。

「地元に帰ったほうが良さそうだな」


「あ……それか北口の図書館行くとか?」

「図書館ねぇ……」

 みんなあまり乗る気は起きなかった。


「あの……よかったら、またうちに来る?庭で花火できるよ」

「え? いいの?」


 楓が言って、みんなも賛成した。

 とにかくこの場所から離れたかった。








 



 

 


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