第34話 高台の貯水槽 

 ガードレールがない道の脇にいるのは危ない。僕たち三人は貯水槽のある空き地に移動した。


「涼しいね」

「ほんとに」

 夜の貯水槽は高台にあって、初夏の風が吹き上げてきて気持ちよかった。


「初めて俺が楓に会った日……サボりたかったんだろうって思われたから恥ずかしくて黙ってたんだけど」


 僕が前に聞こうとした話。楓が焼却炉を通ってこちら側に来た時、最初に誰と会ってどうなったのか……。


「知りたかったんだ。二人が出会ったときのこと」

 僕が食い気味に言うと、柏木が少し警戒しながら話し出した。


「あの日の午後は暑くて。部活で外周を走らされてて……顧問の中山はなんか怒ってて……結構キツかった。何周も走ってて、先輩も怒ってたし」

 

 放課後、柏木はバスケ部で走っている最中、楓が焼却炉の横に佇んでいるのを見た。制服も着てなかったし、新しい用務員さんかと思ったらしい。


 走りながら徐々に焼却炉が近づいて、柏木は今まで感じたことのない不穏な気分になった。


「焼却炉が俺の真横になったとき、突っ立っている楓と目が合って……不気味な男と思ったら少年だった。そう思った瞬間、目の前が光って、頭が割れるように痛くなって……頭の中になにかぐわっーと入り込んできたような……そんな感覚が。俺は倒れてしまったらしくて」


 目の前が光る-


その辺の記憶が曖昧で……後ろから走ってきた生徒がすぐ駆け寄ってきて助けてくれたと柏木は言った。


「目をあけると、急に頭の中はクリアになってた……」


 頭の中はクリアになってた-


「楓はどうしていたの?」


「いつもみたいにぼーっと突っ立てたよな?」

 柏木に言われて楓は頷いた。

 

「……忘れちゃったけど、疲れたよ」と楓。


「楓はなんであそこに立ってたんだ?」と柏木。


「えと……新しい学校を見に来ていた……らしくて……会議室で待ってた?のかな。僕は校庭に出て……走っていた柏木くんが目の前で急に倒れちゃって……その後、僕は会議室に連れ戻されて、母親と合流したのです」


 なんだか他人事だなぁと柏木が言った。

 楓の台詞を思い出す。


……すり合わせみたいな……。


「俺は熱中症って言われたけど、体調も悪くなくて。あの一瞬、頭痛がしただけ。サボりだと思われるから部活は早退したけどね。あの日からなぜか楓の事を考えるようになった」


 僕たち三人は無言になった。


 僕は自分と増田さんのことを考えていた。初めて焼却炉で出会ったときのことを……。

 柏木の話は僕が初めて増田さんに会ったときと通じるところがある。


 そういうことなのか?これはなんて言えばいいのだろうか……。


 「仲介者」


 なのかな……。 


「楓にとって僕は」

 柏木が呟いた。


「君たちはやっぱりなにかあるよな。なにか意図があってこの学校に転校してきたのか?」


「いや……そう言うわけじゃ」


 いつも飄々としている楓が少し緊張しているのがわかった。


「なんでそう思ったか教えてあげるよ。もう一つの理由。脅迫状の犯人だよ」


 あ……あの図書館の隣の休憩室でのやりとりを思い出した。図書館まで楓を探して-。


「香織が白状したよ。自分がやったって」


「え?!」

 楓と僕は同時に大声を出した。


 香織さんがあの脅迫状を?それは一番考えていなかった。増田さんが犯人かと考えたんだ……それで真相を楓に聞こうと焦っていた。でも後日、楓に何回聞いても自分だと言われて……。


「驚いた……楓も驚いたよねぇ。だってお互い違う人が犯人だと思ってたから」


 そう言って柏木は深々と頭を下げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る