第33話 炎上した放課後
西里老人会館の外階段が燃えていると、楓が僕を呼びに来た。
忘れていたけど、西里町には火の
「あの火の見櫓って生きてたんだな」
楓が言った。僕も同意した。
「初めて鐘の音聞いたよ。確か令和でもあそこにあったような気がする」
その後は話さないまま、老人会館まで二人とも走った。
息が上がる。
あの階段が……。
老朽化した細い鉄の階段が、音を立てて激しく燃えている-。
そう願っていた。
「待って」
近くまで行くとそれ以上は近づかないよう楓が僕を制した。僕たちは離れて暗い脇道に座った。夕飯どきの時間なので、人が少し集まって来ている。
予想よりは小さい火だった。燃え広がってもいないのはほっとした。焚き火の一回り大きいような感じ-。
「あっ……」
燃えている炎から板のような金属がカランと音を立てて落ちた。
「放火みたいよ」
「ダンボールが置かれてたみたい」
「怖いわ」
数名の大人たちの声。
燃えている階段を見ながら、楓が話だした。
「柏木君がうちに来たんだ」
「…… 柏木が?」
そう言えば今朝、楓のことを気にしていた。あまりちゃんと僕は答えなかったけど。家に行くほど心配してたのか……。
「柏木から聞いたよ」と楓が静かに言った。
「え?」
「高崎の話」
「…………」
僕は下を向いた。なんだか楓の顔を正面から見れなかった。
「捕まらないだろ?」
「……放火が?」
「清原が」
楓の乾いた声。僕は黙っていた。楓は火をぼんやりと見つめていた。
炎を見続けていたけど、消防団が駆けつけて、散水栓の水ですぐに消化した。
ほんの数十秒で火は消えてしまった。
火が消えると外に出ていた野次馬はほとんど家に引っ込んだ。
「これで……階段壊すよね」
楓が呟く。
「うん、多分……いや、どうかな……」
外階段はほとんど変わりがないけど、細い手すりが少し歪んでいるようにも見えた。
横の壁は真っ黒に丸く焦げていた。
「さぁ、僕らも帰ろう」
道が暗くなると楓はポケットからライターを出した。
「……どうしたの?」
「さっき買ったんだ」
「どこで?」
「朝日屋で」
それはまずいんじゃないか……。
「やっぱり楓が燃やしたんだね」
「そうだね」
そうだねって随分他人事じゃないか……。
楓は誰も入って行かないような脇道の奥の草むらに足を踏み入れた。
「ここまでして欲しかったわけじゃないよ。もうやってしまったから、今言っても仕方ないけど」
「元から壊れそうだったんだし、いいじゃないか。ほら河井君、見て」
楓は着ている学校の緑色のジャージの裾をもち上げてみせた。
中にはテロテロの派手なシャツ。そしてポケットからサングラスも出した。
「このシャツとこのサングラス姿でライターを買ったんだ」
わりと考えているんだ……。
「証拠隠滅だよ」
楓は、ライターとサングラスを服の袖で丁寧に拭いた。その二つを一緒に草むらに置くと、もう一つのジャージのポケットから、小さいハンマーを出し、めちゃくちゃに叩き壊した。
「ここに捨てるの?」
「ああ、ばら撒こうかと思って」
「もっと山の中とかがいいんじゃない?」
と僕。
「いや、ここでいい」
「誰も見つけないとは思うけど……見つかったらまずいよ」
「大丈夫」
楓は自信ありげに言う。どこからきた自信だ……。
「清原だって捕まらないじゃないか」
「え? いや、それは……」
「子供に暴力を振るって。教師のくせに。暴力を振るうのは傷害罪」
「そうだね」
「あり得ないだろ?僕たちの時代じゃ」
「……うん」
「僕は誰も傷つけてないよ。階段と壁は燃えたけど。あいつの方が酷いだろ?」
「……そうだね」
僕はさっきから同じような相槌を打っている。
「楓……ありがとう」
そう僕が言うと楓は無言で微笑んだ。
小さく粉々になった樹脂の破片を楓が持っていたハンカチで掴んで二人でパラパラと撒く。
大丈夫だ。清原だって捕まってない……。
僕たちは歩道に戻った。
T字路まで行くと、誰かが立っていた。
「あれ……柏木?」
「河井、楓……お前らどこに行ってたの?」
柏木は走ってきたのか、汗が尋常じゃなかった。一体どうしたのだろう?
「お前らどこ行ってた?」
「どこって……」
「公園だけど」
楓が嘘をついた。柏木は屈んで背中で息をしている。
「……火をつけたか? 西里老人会館に」
僕たちは驚いてみせた。
まさか?なんで?と柏木を逆に問い詰める。
「あの鐘の音、老人会館が燃えたからだろ?」
「そうだけど……僕たちは関係ないよ」
楓がボソボソと言ったので、僕も話を合わせた。
「たまたまそばにはいたけど……」
「頭おかしいとか言うなよ……お前らが火をつける夢を見た」
心臓が跳ねた。
夢?
「楓、お前は一体なんなんだ?」
柏木が目を見開いて言った。
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