第32話 楓が休んだ日
未来での事故を防ぐため、老人会館の外階段を取り外して欲しいと西里町役場にお願いしたはずが……。
まさか取り壊すどころかやっつけ仕事な修繕をされてしまうとは。
これで文句ないだろう?とでも言いたげだ。
「なんだよ……こんなの酷いだろ。広樹おじさんが下敷きにならなくたって、いつか誰かが大怪我する。なんで、なんでわからないんだよ!」
僕は拳をコンクリートに打ちつけた。
「ごめん、俺のせいだね。これは酷いな」
そう言って楓が僕の腕をそっと抑えた。
「いや、楓は動いてくれただろ?」
「それが裏目に出ちゃったかもな。前に河井君……老人会館の外階段を壊せって役場に言った人、知り合い? って聞いてきたでしょ?」
「楓のお母さんの知り合いだっけ?頼んでくれ-」
「あれは実は僕だよ」
「え?!」
楓のカミングアウトに呆然としてしまった。
「嘘?!」
「この眼鏡をサングラスにしただけ。それでちょっとテロテロの柄のシャツを着たら終わり」
「年齢はばれなかった?」
「俺はもう二十歳超えてるの」
思わず大きな声を出してしまった。
「年上って言ったろ?」
「いや、二歳くらい上なだけだと……せめて三つくらいかと……」
「……歳はどうでもいいけど、俺、役場に階段を取り壊せって言ったり、電話も何回かかけて、早くしてくれって言ったんだ」
「電話までしてたの?」
「でも、役場の人を焦らせちゃったのかもしれないし、怒らせてしまって、こんなことになったのかもしれない」
言葉がなかった。もう本当に自分たちで取り外すか、壊すしかないのか。
ごめんなと楓が謝ってきたけど、謝るのはこっちの方だった。僕は結局なにもしていないから。
「楓はなにも悪くないよ」
「こんなの修理されても、壊れるのが一ヶ月伸びただけだ」
楓は階段の手摺りを掴んで、ほんの少し揺らしてみた。
「明日も学校だし帰ろう。ここにいても仕方がない。楓、ありがとう。もう一度考えよう」
****
次の日、楓は学校に来なかった。
なんだかとても不安だった。
後ろから肩をポンと叩かれる。柏木……。
「あれ? 坂上楓は休み?」
「あ……そうかもしれないね」
僕はそっけなく言った。外階段のせいかもしれないけど、誰にも言えない。
「風邪とか?」
「どうかな……」
柏木はやはり気になるみたいだ。
「ズル休みかもね」と僕。
「そっちのほうがいいんだけど」
もしかして、楓は自分一人で階段を取り外してしまうとか?
いやまさか……こんな昼間から……。
昭和に来て一ヶ月が経った日だった。
学校ではとても悲惨なことが起こる日。
四時間目は、技術の時間で移動教室。
女子は家庭科だから家庭科室。
僕たち男子は技術室-
時間に遅れることなく全員びしっと席に座っていた–
想像を超えることが起こった。
呆然として誰も何もできなかった。
高崎が技術の清原に暴力を振るわれ続けた。
悪いことをしたから殴ったわけではなく、生徒を殴りたいがために、高崎を煽って怒鳴って出て行かせようとして、その後殴り続けた。
生徒たちはみんな無言で見ているしかなかった。
楓がいたらなにかしたのだろうか?
増田さんも、もちろんトイレに行きたいなど言わなかった。
清原に通用するとは思えないし、増田さんのことをよく思ってない連中がクラスにいると知ってる以上、なにもしなくていい。
****
家に帰るとベッドに横たわった。
自分のことが嫌いになりそうだ。
なんで僕は止めない?
余計大惨事になるから?
ずっと親切にしてくれた高崎。
このクラスに来て最初に話した友達だったのに。
清原が話が通じる奴じゃないから?
いや、僕が弱いからだ。僕はこの時代から出て行くんじゃないのか?
だったら気にせず止めればよかったじゃないか……。
コンとカーテンの後ろから音がして、僕は窓を見た。またコンと音がした。
楓だった。外で手招きしている。なんだか嬉しそうに見えた。
まだそんなに遅い時間じゃないし、インターホンを押せばいいのに。窓を開け、小声で話した。
「どうしたの?」
「大変なことになったよ」
すぐに階段を降りて表に出た。
楓が天真爛漫に言った。
「河井君、燃えてるよ」
「え? なにが?」
「老人会館の外階段」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます