第30話 数学の時間
翌日から、テストの答案が返された。
そして授業の終わりには、テスト直しをしたノートを提出する。忘れると、教科によっては殴られる。
2023年の僕のクラスとは大違い。
少しだけ、あぁ令和に帰りてーと思ってしまった。
(広樹おじさんの事故のことと、上原君の件もあるからまだ帰るわけにはいかないけど)
「今日、社会がなくて良かった。僕が解いたの間違ってそうでさ……もう一度見直して」
上原君が一時間目の前にこっそりやってきた。他のメンバーにも言っている。
大丈夫だよと柏木や香織さんが励ましているのが見えた。
昨日の外出は一体何だったのだろうと今朝になって思う。
夢?
増田さんに映画の殺人犯が憑依したり、楓は裸足で逃げるし、香織さんも半べそだし、柏木は犯人探しをしたあげく、楓が好きなのかもなんて言うし……。
もうなにがなんだか……。
チャイムが鳴る。数学の時間-
数学は優しくて教えるのが上手な先生。
その代わり、顔は怖くて普通に立っているだけで怒っているように見える。
一組の担任の先生で、唯一「なべちゃん」てあだ名にちゃんがついていて、みんなそう呼んでいた。
名前は渡辺。ベタなあだ名。
ちゃん付けの先生はなべちゃんだけ。
あとは清原、ハゲ、ゴン、ババ川、赤鬼など……中には酷い呼び方もある。でも酷いことをしてくる先生が多いから仕方がないか。
なべちゃんは教え方だけじゃなく、注意の仕方も上手だった。シャーペンを授業中に分解してる男子なんかにはこう言う。
「シャーペン解体工場している課長さん、ちょっと仕事を中断してくれる?」
とか。ぼーっとしている生徒には
「頭の中が、お散歩プードルかな?」
……お散歩プードルってなに?
これが理科の時間なら−
「なにしてるんだ!そこのバカ」
と言われ、ガスバーナーのホースで叩かれるだろう。
なべちゃんは見た感じ、矢作よりは年上でゴンよりは年下……三十代後半だと思う。体調を崩していたらしいけど、今日から復帰してきた。
復帰してくれて嬉しかった。心から。復帰してほしいと思う先生は非常に少ない。なべちゃんの代わりに清原か矢作が具合が悪くなればいいのに。
期末テストの答案が返却された。僕のテストはあまり良くなかった。好きな先生の授業だから頑張ってはいるものの、数学は苦手だ。
「病み上がりだからね、あまり良くない点数見ると、私また休むからね」
なべちゃんがそう言うと、えー、やだぁと女子が言ったり、皆クスクスと笑った。
「みんな点数合ってるかな。もう一度チェックして下さいね」
生徒たちが計算している。
「この時間でしか、訂正は受け入れませんよ」
一人、前に進み出た女子がいた。
くるくるした髪が肩にかかるー
「えっ、増田さん?!」と、元気な女子が大きな声をあげた。教室がざわつき始めた。
増田さんは100点だったテストを訂正しに行った。本当は95点ですと。
考えられない。
100点が二人いますって、増田さんの名前が呼ばれた直後だったから、え~って声が次々あがった。
「黙ってればいいのに」
「もったいなーい」
女子たちが囁き合っている。
僕なら絶対に言わない。言うものか。
だいたい点数が間違って少なくなっている生徒が申告するもので、多いときはみんな黙ってるもんだろ?
だから増田さん黙ってなよって思った。 なべちゃんは彼女の答案用紙を暫く見て言った。
「…………いいよ」
なべちゃんは彼女を席に帰した。
……こんなことってあるんだ。
彼女の答案用紙は100点のままだったんだ。そしたらまた教室が一斉にガヤガヤした。
彼女は真っ赤な顔で泣きそうだった。やっぱり点数は引かれなくて嬉しかったんだと思うし、だけど申し訳ない気持ちや、みんなの反応とかいろいろ……。
なべちゃん優しいなっていうか、増田さんってやっぱり可愛いなぁ偉いなぁって思った瞬間-
なにか視線を感じた。
背筋が凍りついた。斜め前の楓が僕の方を見ている。ぶ厚い眼鏡の奥の三白眼-
あの見た目で上目遣いは怖い。
僕は周りに気づかれないよう、首をかしげ、楓を睨み返した。
増田さんが満点のテストを訂正したことが問題なのか?みんなから賞賛されることが良くないのか?
楓はさりげなく廊下の方を指さして、僕を見た。後で話しがあるってことなのか?
僕は頷いた。
こっちも楓には話がある-
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