第21話 バディ?の時間 1

「よし行こう」

 夜になって再び、楓と家の近くで待ち合わせをすることになった。楓はどうしても今夜、壊れそうな階段を見たいと言う。


 僕たちは、いつまで1989年にいられるかわからないからと。急に今夜戻ることになるかもしれないんだぞと言われた。


 僕たちは老人会館に急いで向かった。

 楓が前を指差す。


「その角を曲がった先が、もう令和かもしれない。なにがあってもおかしくないだろ」


 確かに。今更、なにがあってもおかしくない。

 だって焼却炉の中に入ったら令和から昭和に来てしまったのだから。

 まるで不思議な国のアリスだ。


「それより、上原君のことだよ」


 上原駿は7年後、21歳で投身自殺をする。

 それを止めるため、僕はここに来たんだ。

 

 楓はそう言った。


「むこうでね、とてもお世話になっている婦人がいて……もう70歳くらいなんだけど、彼女、ずいぶん前に亡くなった息子のことで今も苦しんでて……自分はもうこの先長くないから、やっぱり知りたいって」


 楓は一枚の小さい紙を手帳から出した。

 その紙には-。

 

公開処刑、あれは公開処刑。

30分以上……地獄……目をつけられた。別の奴からも。あいつら人間じゃない-。


 ゾッとした。

 楓が写したメモ書き。

 

「上原君が同じことを書いていたの?」

 楓は頷いた。婦人は上原くんの母親なんだと。


「婦人にノートを見せてもらったんだけど、破られたり鉛筆でぐちゃぐちゃにされてて。このクラスの生徒にやられたんだと思ってさ。ノートの最後にこの言葉が書いてあったし」


 公開処刑……クラスの連中に殴られたんだと思ったんだ。だからこのクラスはみんな敵だと思って……と楓は続けた。


「上原駿は中二の二学期はもう学校に行ってない。夏休み明けから引きこもってしまう。21歳までね」


「いや、ちょっと待って。もうすぐ7月だよ。二学期ってもうすぐじゃないか」

 

「そうだね……ノートをぐしゃぐしゃにしたのは上原本人なんだよ、多分」


 今思うと……社会のノートなんだ……。

 

  社会のノート-。



****


 老人会館に着くと、楓は持っていた布のバックから大きな木のハンマーやスパナなどの工具を出した。


「ちょっと! なにしようとしてるの?」

 僕は小声で言った。


「階段を壊せないかなって」


 いやいや、何言ってるの?素人ができることじゃない。

 老人会館の横の道路は車の通りが多い。続けて車が数台が通った。楓は気にもしないで工具を階段のボルトに合わせたり、回そうとしたりしている。

 もちろんボルトは動かない。


「無理だよ、見つかるって。おかしいでしょ! 」

 

 その後、楓は階段を一段一段ゆっくりと上った。

「ちょっと!」

 僕もその後ろからついて行った。


「今すぐ壊れるって感じじゃないけど」


「だから10年後だってば。おじさんの事故は」


 ゴーン!!


 楓が急に階段を叩いた。大きなハンマーで。静かな夜の住宅街、その音は除夜の鐘のように響いた。


「何してるの! 誰か来ちゃうよ」


 楓はなんにも言わない。こっちは寿命が縮みそうなんだけど。

 階段を上ると、人が一人通れる細い通路があり、奥に窓がある。


「この階段はさぁ、非常用で作ったんだろうね。緊急避難みたいな」


「そうかもしれな-」

 窓を勝手に開ける楓。


「やめてよ、坂上」

「本当に開くんだな」

 だからそう言ってるだろ。


「割ろうよ窓」

「なんでだよ」 

 泥棒が入ったように見せかけると楓。


「それで電話しよう」


 どこに?……中学校?


「西里町役場」


「……役場?」


「誰かが侵入しようとしたと電話するんだ。明日放課後に電話しよう。階段も老朽化が進んでるし、危ないから階段を外してくれって言うんだよ」 


 楓は老人会館の窓を割ることも、天井裏に入ることも諦めてくれた。

 僕たちはそっと階段を降りた。


「役場に電話……いい案かも」


「ドカーン!」


 楓か大声で叫んだ。そして笑いながら走り出した。僕も周りを気にしながら慌てて追いかけた。

 

 心臓がバクバクしている。


「うるさくしておいた方がいいだろ。苦情も出た方が役場の人も動いてくれるかも」


 ……こっちの身にもなってほしい。


 家の近くまで戻ってくると、僕は気になっていることを聞いた。


「もしかして公開処刑って……ゴンが8点の上原君をずっと叱りつけたやつなのかな」


「……河合君もやっぱりそう思うよね」

 僕は頷いた。

「うん……このクラス、不良っぽい子もいるけど……一人の生徒をみんなで虐めるようなクラスじゃないと思う」


「そうだよなぁ。ノーガードだったよ、先生とはさ……今の時代考えられないし……それにしても8点て……上原のやつ、もう少し頑張れよ」


「……あのときのゴン、嫌な叱り方だったよ。わざと名前をもったいぶって出さなかったし」と僕。


「早く止めればよかった。あのとき、なにがなんだか……呆然としちゃって」


 上原君にとって最悪なことがもう起こってしまったんだ。


「でもね河井君、僕はいいこと思いついたよ!」


「え? なに?」


 いや、待て。それはいいこと……。


 なんだろうか?……本当に?










 

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