第15話 不法侵入の時間

 なんて?今なんて?


 僕は今日の理科の授業のことも、未来のことも全てが吹っ飛んでしまった。


「付き合ってくれるの? それとも……」

「はい! もちろん!」


 増田さんは、やった!と嬉しそうに言った。


「秘密の集会に、河井君を招待したいの」


  …………え?


 僕たちは暗い夜道を歩いた。すぐ近くだからと言って、増田さんは一人嬉しそうにしている。

 普段着の増田さんを見たのは初めてで、白のトレーナーにジーンズという格好はとても新鮮で可愛かった。


 どうして焼却炉にいる僕を見つけたのか?もしかしたら増田さんは、僕の秘密を知っているのかもしれない。

エスパー?それとも僕と同じで未来から来たとか?


「河合君の家に誘いに行ったら、ちょうど家から出てきたんだもん。どよよーんとしてたから、声をかけないで後つけちゃった」

 なるほど。


「増田さん、お母さんに怒られないの?もう夜の八時だよ」


「大丈夫だよ、今日は塾の補習って言ってあるから」

「そうなんだ」

 増田さんは急に思いついたように尋ねてきた。

「あのさ、聞いていい?」

「……なにを?」


僕は身構えた。


「なんでそんなに好きなの?ちょっと意味がわからないんだよね」


 え?嘘でしょ?それ僕に直接言う?


「え? なんでって……」

「どこがいいの? そんなに」

 

「え? ……そんな……急に言われると」


 そんなこと本人から言われると思わなかった。恥ずかしくて言えないし。それにしてもダイレクトに言う女の子って珍しくないか?


「……やっぱり気づいてたんだ……」

「うん、わかるよ。だっていつも見てるんだもん」


 うわぁ……。

 気持ち悪いって思われたな、これは。


「ごめんね、嫌だったよね?」

「え? 私は特に……」

 

「……やっぱり……みんなにも気づかれてるのかな?」

「大丈夫。みんなは気づいてないよ」

 

「そう?……なら良かった」


「河合君が焼却炉が好きだってこと」


え?

 …………もう言葉がなかった。



****



 増田さんに連れてこられたのは『西里老人会館』という平家だった。

 老人会館と言っても子供会でも使っているのにねと、増田さんは付け加えた。


「ああ、なんかあるよね。うちの方は中里子ども公民館-」


 まずい。未来の情報を言ってはいけない。過去に来て困るのは、こう言ったうっかりだった。だから僕は極力無口だった。

 増田さんは聞き取れなかったらしく、首をかしげた。慌てて僕は、子ども会館にしてほしいねと言い直した。


「この外の階段使うと、二階の小窓から入れるの」


 増田さんは口に指を当て、そっと階段を登り始めた。ギシギシと音のする薄っぺらい鉄の階段。しかも途中、一段抜け落ちている。いろんな意味で危ない気がするんだけど。


「結構揺れるね」

 僕がそう言うと、シーっと増田さんはまた指を口に当てた。なんか可愛いって思ってしまう。


 小窓は鍵が壊れていて、建物の天井裏に侵入できた。中の梯子で一階に下りれるようになっている。

 小さなその建物は、奥の住宅地に入り込んでいて、見た目より大きかった。


「河井来たぁー」

 副代表の柏木が小さく拍手をした。小さなテーブルを囲んでいるのは、クラスの学級代表の西山香織と柏木徹、そして上原駿だった。どういった繋がりなんだろう?


 僕は上原君とは挨拶程度しか話したことがなかった。他の三人とは話す方だと思うけど。

 上原君が、ゴンのテストで8点しか取れず、散々な目に合ったことは、どうしても頭に浮かんでしまう。


「はじめまして」

「ははっ、はじめましてってなによ。同じクラスなのに」


 無駄に大きなカセットデッキがあって、そこから小さな音で曲が流れていた。思わず僕は質問した。

「誰の曲なの?」


「美里ちゃん」


 僕が特に困ったのは、こちらのエンターテイメントが全くわからないと言うこと。

 これも無口になる原因だった。なので家でテレビは結構見て勉強はしていた。

 携帯で検索できないのが本当に不便だ。


「渡辺美里、僕も好きだよ」

 上原君が補足する。

「だよね、私も〜」と増田さんが微笑んでいる。

 そうなのか。僕もこれから聞くことにする。


 僕たちはたわいもない話をしてから、期末テストの勉強、英語の単語を出し合ったりした。

 そして先生の悪口をめちゃくちゃ言って笑い話にした。


「河井、上原と河井が今日から加わったんだぞ。お前らのこと信じてるからな」


「侵入してること、絶対内緒だよ、あたしたちの癒しなんだから」


 いや、待て。


 やっぱり不法侵入なんだ。誰かの許可を取ってるとか、親が管理してて……とかじゃないんだ……C組のクラス代表の二人がこれでいいのか?

 バレたら山口先生大泣きだぞ。それに増田さんもいるなんて。


「うん、いいよ」

 上原君は軽く返事をしていた。

 これ、いいの?

 

 そして僕と上原君は、狭くて細い台所に連れて行かれ、ガスの元栓の開閉や冷蔵庫の場所まで教えてもらった。

 柏木は大きな黄色いヤカンでお湯を沸かしはじめた。

「大丈夫か?」

「最後、絶対に元栓閉め忘れなければさ」


 カップラーメン二つを、僕ら五人は分け合って食べた。しかも湯呑みに入れて。


「せーの」

 手を合わせるよう西山さんたちに促される。


「シュワレツネッガー食べる!」


 よくわからない事を僕以外の四人が言って、カップラーメンをフォークで食べ始めた。


 


 



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