第7話 アイデンティティ


 僕は今、全く覚えのない部屋でベッドに寝転びながら、今日の昼以降の出来事、焼却炉に入ってからのことを整理する-。

 

 ベッドは本当の僕のベッドよりも柔らかく気持ち良くて嬉しかった。

 僕のむこうのベッドも、もう少し値段の良い柔らかいやつにしてもらいたい。

  

 山口先生はなかなか帰りの会に来ないと思ったら、僕の家に電話をしていた。


 やってきた母親は見知らぬ人だったけど、可愛らしい小さな婦人で、涙を流して僕のことを心配していた。

 なんで焼却炉なんかに入ったの?まさか斬新な自殺じゃないでしょうね?などと言われた。

 情にもろいタイプの僕は、またしても親戚のおばさんのように感じて、すんなりこの婦人の存在も受け入れてしまった。

 

 そのお母さんが(お母さん2号とでも言っておこう)ロビーで山口先生と話し始めた。

「あの……山口先生ちょっとお話が。今年から中学に入った中山くんのことなんですが……はい……先生に顔を殴ら……」


 お母さん2号は急に固まってしまった。いや別にロボットだからじゃなくて。


 大きな熊みたいな先生が仁王立ちで現れたからだった。

 この先生は丸橋と言って、2年の主任で社会の先生なんだけど、矢作先生とは違う感じの怖さなんだ。それは改めてこの後で言わなければならないけど。

 お母さん2号は青ざめた顔をして、僕の手を引っ張って、ペコペコしながら慌ててロビーから出て行った。そんなに?ってくらいの慌てようだった。


 モンスターペアレンツに手を焼く平成後半や令和とは真逆の世界なんだ……ほんとにここは僕がいた世界とは違うんだって実感した。

 ちなみに子供の僕でもモンスターペアレンツはよく知っている。同級生の母親でも絶対にそうだろうと思われる人がいた。


 僕はベッドに寝転がり、見慣れない天井を見ながら考えた。

 この世界の僕のことを。


 西里中学校 2年C組 河井健太

 母親と二人暮らし 

 それがここでの僕のアイデンティティ。


 付け加えるならば……

増田愛さんが少し気になっている。

 いやかなり気になっているかも。



 次の日から歩いて普通に中学校に行った。この日は比較的穏やかな先生の授業が多かったらしい。

 担任の山口先生の国語もわかりやすくてとても楽しかったし、音楽の女の先生も優しかった。


 登校中に遠回りをし、焼却炉にもこっそり行ってみた。でも全く無駄だった。中に入れるわけがない。焼却炉にゴミがぎっしりと入っていた。それに、そんなに中が大きいと思えない。通路があるとはまさか思えない。

 よく入れたなぁとつくづく思った。


 令和がどんな状態か、僕の家族や友人が今どうしてるかは気になる。


そういえば、車椅子の広樹おじさんは最近会ってなかったけど元気にしてるかな?


 正直、自由奔放なうちの家族より、体の不自由な叔父さん夫婦の方が気になった。叔父さんの家の手伝いをたまにしていたから。


 そして後は携帯も触りたい。友達とオンラインゲームがしたい。YouTubeも見たい。


 でも僕は、昭和の世界にもう少しお世話にならなければならないみたいだ。



****


 そう、社会の教師、丸橋先生のことを言わなきゃいけない。

 丸橋先生、通称ゴンのことがとても嫌だと思ったのたのは、それから一週間後のことだった。

 ちなみにゴンってあだ名は、よくわからないけど生徒の間で長年引き継がれているらしかった。丸橋も承知していて、しかも気に入っているみたいだった。

 最近ここに来た僕としては、見た感じがゴン! ……なのかなって思うけど。


 僕は自慢ではないが、ゴンにすでに平手打ちの洗礼は受けていた。かなり痛かったね。でも嫌いになったのは、そのことでじゃない。

 宿題を忘れたからなんだ。だから僕が悪い。ちょっとそのとき納得できないこともあったんだけどね、でもそれはもういいんだ。


 先生に平手打ちされたんだけど、ヤバくね?って、むこうの世界に帰ったら自慢でもしようと思う。


 もう、そんなことはどうでもいいって言うくらい、嫌なことがその後に起こった。  そしてそれは、とてもこの先重要なことになるんだ。

 彼らにとって-。

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