第8話 社会の時間 - 上原の受難

 やっぱり、ちょっと根に持っているので、僕が平手打ちされた経緯なんだけど……。

 地理で小テストがあって、その直しをノートにやらなければいけなかった。 


 僕は真面目な小心者の生徒なので、もちろん宿題はやった。でも、今日は歴史の授業だから思わず地理のノートを置いてきてしまったんだ。


「宿題を忘れた者は廊下に並べ」


 ゴンが低い声で言う。廊下に並んだのは、僕と静かそうな女子2人だけ……これは本当に恥ずかしかった。

 廊下に出た途端女の子は、お母さんが入院しているんですと泣きだしちゃって……。

 すると、教室に戻りなさいと静かな声でゴンは女子に言った。

 あぁ、理由を聞いてくれるのか。

「あの、僕は-」


 昨夜の自分に悔恨の想いを馳せていた、そのとき、目の前に突如として銀色の閃光が走った−


 バンパイヤハンターのような一節と電流が頭の中に流れた。僕の頭は右から左に向いた。やけに右頬が熱くて、ああ、ぶたれたのかと知った。

 これが平手打ち-


 生まれて初めてだった。頬が痛いというか、首が痛かった。

 結局、テスト直しは、テスト直しノートを作って提出らしかった。

 そんなこと未来から来た僕は知らないよ……。


 僕だけ話を聞かないのはどうなのって、ちょっと納得できなかった。ノートを忘れたのは宿題を忘れたことと同じ。それは僕が悪い。でもその話しすらできなかったけど。

 

 相手は女子だから、あまり言うのは格好悪い。この世界ではこうなんだなって、思うことにした。女子に甘くね?と一瞬思った。

 いやいや……もうあまり言うのやめよう。格好悪いから!


 まあ、おかげでその後、忘れ物はしなくなった気がする…………首は痛いけど!!


 ****


 そんなこんなで……あの出来事が起こったのは、定期テストとは違う丸橋独自の難しいテストがあって、それが返却されるときに起こった。とにかく丸橋の授業は難しくて、厳しい。


「テストを返しましたが、ちょっと今回悲しいなと思うことがありましてね」 

 よくわからないけど、授業つぶれる?なんて僕は思った。


「私のテストは難しいのは認めます。でも、このクラスで一人、あまりにも酷い点を取った生徒がいます……」

 

 あ、これは喜んでる場合じゃないやつ。

 ゴンの機嫌が悪くなり、つまり授業の雰囲気も悪くなるやつだ。

「こんなことはしたくないが、彼の点数と名前を言っておく」


 ヤバいんじゃね……


 一瞬、心臓が跳ね上がったよ。自分かと思った。彼って言ってる時点で男子だし。僕は何回も自分の点数を見た。100点満点中、40点代……あぁ、悲しい。

 地理の地名などのテストだったんだけど、かなり出題が多かった。こんなことになるなら、ちゃんと勉強しておけば……。


「前代未聞ですよ。私は長年、社会を教えていますが、ここまで酷いのは知りませんねぇ」

 その言葉を聞いて、ゴンが恐ろしいのと同時に、僕のことではない気がしてきた。40点は前代未聞ではないはずだ。

「悪意があるとしか思えない」


 悪意はないだろ?言葉の選び方違うんじゃない?言い方がかなり嫌だった。

 そして、なかなか名前も点数も言わないんだ。このもったいぶったやつ。すごい嫌。

 

 普段からノートを取って、授業を聞いていればこんな点数になるはずがない。私は何を教えてきたのだ。馬鹿にしている、悲しい。


 ずっとそんなことをダラダラと言った。誰のことだろうと皆が不安な気持ちになっていた。もしかしたら僕は、少しの好奇心もあったかもしれない。自分じゃないと確信してからは。


「8点。上原」

 

 え?誰?

 ゴンは急に小さい声で名前を言った。聞き取れないくらい小さい声だった。誰?


「8点……ね。上原くん、名前言ってしまって、すみませんね。こんなこと私、あまりしないんですよ……さすがにこの点はね、悪意があるよね」 


  一番後ろの席の窓側に座っていた上原は、真っ赤な顔をしていた。今にも泣きそうだった。見てはいけないとは思ってけど、やっぱり一度だけ横向いて上原を見てしまった。


 彼とはまだ全く関わったことがない。大人しそうな男子。好奇心なんてものはもう、このときすでになかった。

 本当に聞いていて辛かった。敬語でずっと責め立てるゴンは嫌味っぽく、怖かった。もう充分だと思うし、本当にやめてくれ……。


 ゴンが時間をかけて、あんなにたくさんの問題を作ってくれたのだから、先生は確かに大変だし、悲しかったと思う。

 100点満点中、8点。確かに点は酷い。かなり酷いけど、だからって上原の人格まで否定しなくてもいいだろ?その後もずっと何か言ってた。悪意があるとまた言っていた。


 まだ言うのかと、思ったそのときー


「あ、あの……先生」


 増田さんの震える声が聞こえた。


 


 

 

 


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