第9話 社会の時間 2

 驚いた。

 ゴンの説教?いや、もうこれは上原君に対するゴンのいじめ?みたいなあの状況で、ふわふわした増田さんが、手を上げるとは思わなかった。


 ゴンを止めに入ったのかと思った。増田さんは苦しそうな顔で-。


「……トイレに行ってもいいですか?」

 え?トイレ?……ゴンは何も言わない。


「……お腹が痛……体調が良くなくて……」


 彼女の声は震えていた。相当怯えていたに違いない。精神的ストレスからくる腹痛に決まってる。あまりにも不憫だ。小さく消えそうな声だった。

 

「……はい。一人で行けるな?」


 ゴンは特に心配するでもなく、無表情で言った。話しを遮られイラついていたかもしれない。

 そしてゴンはまたすぐに説教に戻ってしまった。廊下くらいまではついて行ってやれよ。

 

 増田さんはゆっくり立ち上がり、回れ右をして、そっと後ろに歩いていった。


「はうっ!」

 奇妙な声が聞こえたと同時に、増田さんは急に転んだ。ガッと床になにかぶつかった音がした。

 髪の量がやけに多い男子と一緒に増田さんが倒れている。二人羽織のように二人は重なって倒れた。


 なにやってんだー、こいつ!


 僕は心の中で叫んだ。この男子のことをまだあまり認識していない。

 こんな変な奴がいたんだ。ひょろっとしたもじゃもじゃ頭の黒縁眼鏡。

 増田さんから離れろ!馬鹿野郎!


「すみません。消しゴムを取ろうとして」

 黒縁眼鏡の男子がぶつぶつと言った。

 

 増田さんに覆いかぶさっていたそいつは、なんと!倒れてうずくまっている増田さんの肩を踏み台のように利用して、彼女の肩に手をつき、自分が先に立ち上がった。

 

 だからなにやってんだー!


「うう……」

 増田さんは頭を抱えていた。まだ立ち上がることができない。

 それなのに眼鏡野郎はとても乱暴に、無言で増田さんの腕をぐいっと引っ張った。


「なっ!」

 僕は思わず声が出た。だけど教室中がざわつき始めていたため、僕の声はかき消された。


 ふざけるな、あのクソ眼鏡野郎!増田さんの腕が抜けたらどうするんだ。


「だ、大丈夫です」

 そう言って増田さんは、ふらふらと立ち上がったが、とても大丈夫そうには見えない。

 それを見ていたゴンは、さすがに増田さんの側まで行って黒縁眼鏡を追い払った。 


「席を立たないでくださいね。テスト直しをどうぞ始めてください」

 増田さんとゴンは一緒に教室から出て行った…………と思ったら、直後にゴンが

また顔を出した。

「坂上君……君もちょっと来てください」

のっそりと、もじゃもじゃ黒縁眼鏡が廊下に向かった。

 ちょうど僕の真横を通るとき、奴は僕の方を見た。

 

 目が合った……気がした。眼鏡が分厚くてよくわからなかったけど。

 そしてその後、なぜか奴は-。


 笑った。

 僕のことを見て。

 

 三人がいなくなり、一斉に皆が話し出した。 

「びっくりしたぁ」

「ちょっと、見た? 坂上君。増田さんの肩に手を置いて立ち上がったの」

「やっぱヤバいやつでしょ」

 女子たちが頷き合う。

「だいたい名前負けしてるよね。坂上楓ってさ」

 よかった。皆がちゃんと見ている。

 坂上楓って言うんだ……黒縁眼鏡。名前はイケメンなのに……最低だ。


「まじで変な転校生」

 女子たちの会話に耳を傾ける。


 転校生なんだ……。


「増田さんどうしたのかね?腹痛?」 

「タイミング良すぎてさ」 

 女子たちも噂をしている。増田さんはゴンの説教を遮るためにしたのだろうか?だとしたらすごい勇気だ。

 もしそうなら、普段からおとなしく真面目な増田さんだから有効だったのかもしれない。


 このときのゴンの上原への説教はだいたい15分近く続いていた。僕は時計を見ていたから間違いない。

 あそこで増田さんが手を挙げて発言したこと、その後、あの失礼な眼鏡が馬鹿なことをした結果、上原はだいぶ助かった。


 15分の説教っていうのは想像よりもはるかにしつこくて長い。40人の生徒の前で誹謗中傷されるなんて、どんなに辛いか想像がつかない。


 増田さんには言葉では言い表せないくらいの感謝を、上原は心の中で述べていただろう。僕も心から彼女に感謝した。


 そして、あのメガネ野郎の態度を見たときに、確信した。

 僕は増田さんが好きなのだと。


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