第5話 無言清掃 2

 すぐ焼却炉から出ると言っても、この蓋付きの穴は、本来ゴミを入れるためなので、なかなか狭い。僕がもたもたしていると、彼女は感情が読めない声で-


「人間を焼却炉で燃やしたらどうなるのかな」 

「はい? いやいや、僕そんなつもりじゃ」

「よく燃えるのかな……」

 なにを言ってるの、この子。


「……火、付けてみるね」

「ええっ! ちょちょちょ、やめてー」

 やばいやばい、顔が能面みたい。綺麗だから余計に怖い。


「冗談だって」

……いや、全然冗談を言ってる感じゃなかったから。

「ああ、良かった。あの……本当にすみませんが、ここから出るの、手伝ってもらえませんか?無理に入っちゃったら、なんか……よく僕ここから入れたなって」

彼女、増田さんは、急に無邪気に微笑んだ。

「じゃあ、一つ貸しね」


 よっこいしょと言いながら、僕は焼却炉の裏側にある小さい出入口から、かがんで出てきた。もちろん一人で。増田さんは僕を見て笑っていただけである。


「扉、後ろにあったんだ」

「……君、面白い」

 僕たちは顔を見合わせ笑った。僕は尋ねた。

「あの、名前聞いてもー」

 砂利を踏む音が聞こえ、増田さんの顔に緊張の色が表れた。 


「お前ら、なにしてる?」

 真後ろに男の教師が立っていた。白衣を着て、銀縁の眼鏡をかけている。逆らえないオーラが全身から漏れ出ている。

 なにこの先生……めっちゃ怖い-。


「矢作先生。彼、汚れてますが、怪我もしているみたいで」

 背はそこまで高くないが、圧がものすごい。

「河井だな。ジャージに着替えろ」

 僕は目を見開いた。


「担任に伝える」

 今、僕の名前呼んだ-。


「……河井君、私が大事な消しゴムを捨てたかもって言ったら、探そうとして、焼却炉に落ちたんです」

「……馬鹿ですね」


 なんで?

 なんで矢作(やはぎ)って呼ばれた先生は僕の名前を知ってるの?……てかここどこ?僕はあなたたちのこと知らないよ。

 

 僕たちは校舎に向かって歩き出した。

「増田、保健室に連れて行ってやれ」

「あの、ここどこ-」

 増田さんは僕の制服を強く引っ張って、耳元で囁く。

「黙って。殴られる」

 殴られる? ……わけないじゃん。先生が生徒を。あぁ、おおげさに言ってるのか。


「増田さんて言うの?」

「しっ、無言清掃中」

「え?」

 無言?む……むごんせいそう?確かに僕も掃除中だったけども。


 正面から女の年配の教師が小走りで来た。

「今、西山から聞いてな。矢作先生ついてくれたん。ありがとうございます」

 僕の背中の汚れを払う、女の先生。年齢は僕の母親くらいだろうか。

 銀縁の矢作先生は、無言で僕たち三人から離れていなくなっていた。

「増田、もう清掃終わってる。戻ってええよ。ありがとうな」 

「あ、はい」


 え?いや、待って待って!増田さん。聞きたいことがたくさん。ここって隣の中学なの?あー、行かないで。

 増田さんは軽やかに走って行った。

     

 

 保健の先生は不在ですというプレートを眺めながら、保健室に入った。なんか年季の入った校舎だな。扉が木だし。

 ジャージを渡され、着替え始める。

 

 アイドルの防犯ポスターが張ってある。かなり古いポスターだ。剥がさないのかな?髪が外側に巻かれている。いつの時代のポスターだよ。

「制服なぁ、クリーニング出すようかな? お母さんに背中タオルで拭いてもらい。明日はこのジャージでもええし。任せるわ」

「はい」

「河井、あんた腹んとこ、蹴られたんか?」

 腹の脇が赤い-

 脳裏によぎる。あいつらに髪を引っ張られ、蹴られたやつ。

「誰にやられたん?」

「あ、僕の中学の方でです。なんか腰が痛いって思ってたら」

「矢作先生やろ?今、蹴られたん?」

 僕は激しく首を振る。山口という女の先生はニヤニヤしている。

「ゴン先生?それとも技術の清原先生か?」

 いや、誰それ?


「いや、そんなわけないです。多分焼却炉に落ちたとき、ぶつけて」

「今、職員室であんたの家に電話して来るわ。今日は帰り。久しぶりやろ学校」

 僕は息を吐き、一気に捲し立てた。


「あの、僕ここの生徒じゃなくて。僕の電話番号はないと。あ、電話貸してもらえま……いや、ここまで良くしてもらい、ありがとうございます。なにか勘違いもあって。あの勝手に校内に……緊急避難的な?焼却炉なんかに入った僕がいけなくて。不法侵入……」

「なに言ってるん、さっきから」


 確かに。なに言ってるんだ。

「僕、一度担任と話をして、荷物も-」

「あんたの担任うちやろ、河井。リハビリしてる間にボケたんちゃう?」


 は?担任?この関西弁の親戚のおばちゃん先生が?え?リハビリって?……なぜの嵐。


 保健室に、先ほど絶叫した西山さんが顔を出す。

「山口先生、帰りの会が始まります。私、進行していいですか?」

「頼むわ。ありがとう。すぐ戻る」

 ひょこっと増田さんも顔を出した。

「あ、河井君、制服予備もあるよ」

 そう言って、増田さんは僕と目を合わせると、にっこりと微笑んだ。

「愛、先に行ってるわ!」

 そう言って、颯爽と走っていった西山さん。多分学級代表なんだろう。


 増田……あいって名前なんだ……。


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