第25話 待ち合わせの時間


 日曜日、西里駅に午前10時に着くと、すでに楓、増田さん、上原君がいた。

 皆のところに行こうとしたら、頭をポンと軽くはたかれた。香織さんだった。


「おはよー」

「あ、おはよ」

 ストレートの黒髪を今日は下ろしていて、大人っぽかった。彼女は髪がとても長いので、普段は一つに縛っている。


 柏木が、隣の町にある無料で借りれる休憩室を予約してくれたらしい。図書館と同じ場所にあって、調べることもできるからと。


 でも、10分たっても当の本人が来なかった。

「連絡してみる?」

 僕が言うと、香織さんは顔をしかめた。

「柏木のお父さん……ちょっと苦手なんだよねー」

「お父さん?」 

 ドスっと僕は背中を叩かれた。

 楓にすごい顔で睨まれて、僕ははっとした。会話は成立してるけど、僕は携帯電話、香織さんは家の固定電話の話をしている。

 

 やばいやばい。 


「柏木くんのお父さん厳しいからね」

 増田さんが言うと香織さんも深く頷く。


「そうそう。あたし嫌われてるもん」

「そんなことないよ」

 香織さんは増田さんをそっと叩いた。

「本当なの、電話の声でわかるの。家が厳しいから徹もストレス溜まってあんなことしたくなるんだよ」


「あんなことって?」と上原君


「老人会館に忍びこもうって、最初に言ったのは柏木だし」


 ……そうなんだ。増田さんじゃなくてよかったけど。矢継ぎ早に香織さんは言う。


「煙草も吸おうとするし、この前なんてキセルして自慢するんだから」


 ……煙草!中学生なのに?


 ……キセル!……………ってなに?


「あと5分待って来なかったら先に行こうね」


 結局柏木は来なかったので、先に改札を通ろうとしたとき、改札の目の前まで来てびっくりした。


「はっ?」


 自動改札がないじゃないか!


 中央に駅員さんが立っている。

 駅の中から出てくる人が、駅員さんの前の台に切符をパッと置いて出てきている。

 遊園地とかの入り口みたいに。


 急いで出てきた人が切符を素早く置いたら、勢い余って切符がシュルシュルって回転しているけど、駅員さんが見事にパッと止めて確認していた。


 す、すごい!

 自分の目で切符を一つ一つ見ているんですけど!

 嘘みたいだ。こんなの全部見れるわけがない。

 

 増田さんと上原くんは、その駅員さんに切符をちゃんと見せながら改札を抜けた。


「河井君」楓に呼び止められた。

 手招きされる。


「キセルと言うのは、遠くに行くのにわざと初乗り運賃しか買わないで、降りるときに駅員さんに見つからないように裏返して切符を出したり、混んでるときに通ったりして、料金をごまかす行為だよ」


「え?見つかったらどうするの?」


「その場で支払うんじゃないかな」


 なるほど……自動改札がない時代はそういうこともあるんだ。


「きっと河井君は知らないと思ってさ」

 そう言ってニヤリと楓は笑った。

 逆に知ってる楓がおかしくないか?

令和の若者のくせに……。


「待って、河井、坂上君も。伝言板一緒に書こうよ」

 香織さんに呼ばれて、僕と楓は改札前にある小さな黒板の前まで行った。

 何が書いてあるんだろう?


「伝言板」とプレートに文字が書いてある。罫線が引かれた縦書きのノートのような黒板には、半分ほどメッセージがチョークで書かれている。


 す、すごい、すごいアナログ!

 昭和の駅に来ただけで貴重な体験だ。


「見たことある……復刻版みたいな… …」

楓がボソボソと言った。

 携帯電話がない世界の伝言は、本当に伝言板なんだ-。

 伝言を見ると、どれも先に行っていると書いてあって、時間が書いてあった。レストランの名前を指定しているのもある。


 香織さんは日付と時間を書いて、柏木へ、先に休憩室に行っているよ〜と書いた。

 楓はその後に、遅刻だぞ〜と小さく書き加えていた。そして僕にチョークを渡した。

「なんか書きなよ」


「えっ?………なんて……」


 結局僕は言葉が思い浮かばず、スマイルのにっこり顔のイラストを描いた。


「電車もうすぐ来るよー」


 増田さんが改札の向こうで呼んでいる。




 

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